その日の夜、針生の車で仙台駅まで送ってもらったまどかは、何度も礼を言ってくれた針生と別れて仙台駅の新幹線ホームへと向かった。
その途中のお土産処で職場に配るお菓子と心配してくれた額田に渡すお土産を選ぶと、ついでに売店で仙台の地ビールと駅弁を買う。
そして新幹線のホームに入ってきた新幹線に乗車して、仙台を後にしたのだった。
仙台の中心部を南下して薄闇に包まれた仙台市太白区の住宅街を抜けると、窓の向こうはあっという間に田園地帯が広がる。
ようやく終わった一泊二日の出張に安堵の息を吐きつつビールのプルトップを開けると、プシュという小気味良い音が車内に響く。そして窓に映る自分に向けて軽く缶を持ち上げると、キンキンに冷えたビールを一気に傾けたのだった。
「ぷはぁ!」
芳醇な麦芽の香りと程よい苦味に大満足なあまり、大きく息を吐いてしまう。
普段コンビニで買っている安いビールとは違って深みのある味わいは後味まですっきりしていて、舌で舐めとった唇に付いた白い泡もきめ細かくて心地良かった。
自宅での晩酌用にもう一本買っておけば良かったと、今更ながら後悔してしまう。
(何をやっているんだろう。ただ仕事で来ただけなのに、懐かしい料理を求めてあちこちを食べ歩いちゃった)
前の職場でも出張は何度か経験しているが、いつも食事は適当にホテル近くのコンビニで済ませていた。
今回の仙台出張でも同じようにすれば良かったのに、つい子供の頃に食べた料理を恋しがってあちこちのお店を食べ歩いてしまった。
仕事だけして帰ればいいのに、自分でも何をしているのかわからない。
「やっぱり、故郷の味が一番落ち着くかも」
あの出来事で仙台を嫌いになったわけではない。むしろ嫌いになれていなかった。
ただ帰るきっかけがなかっただけで、いざ帰ってくるとこんなにも故郷の味に飢えていたことを知った。
きっとこれからは何度でも食べに帰って来るだろう。楽しかった仙台での思い出を、思い出の味と共に回想するために。
(そうだ。駅に着くまでに食べないと)
駅弁の蓋を開けると、ふわっと肉の香りが周囲に漂う。新幹線の車内灯の中でも炭火でじっくりと火を通された焼き色の厚切り肉が目立っていた。
肉汁が沁み込んだふっくらご飯と一緒に噛めば噛むほどに、弾力のある牛肉の濃厚な旨味がまどかの口いっぱいに広がる。
鼻の中を燻すような炭の匂いが通り抜ければ、熱い網の上で白い煙を立ち昇らせながら網目状の焦げ目が付く牛タンと、牛タンから滴り落ちた脂でパチパチと音を立てる炭の光景が脳裏に浮かんだのだった。
(牛タン弁当の駅弁は前から知っていたけど、こんな味だったんだ)
仙台に住んでいた時は買わなかったであろう高級な牛タン弁当。牛タンと言えば、お店で食べる麦飯とテールスープが定番で、あえて弁当で食べようとは思わなかった。
でも新幹線の窓側の席に座って、仙台の地ビールを片手に食す牛タン弁当はなんて贅沢なのだろう。仙台に住み続けていたら絶対に出来なかった組み合わせだ。
「……おいしい」
仙台に来るまでは強張っていた頬はすっかり緩んでいた。昼にも唐揚げ定食を食べてお腹は満たされているはずが、牛タン弁当を前に箸が止まらない。
最後の一粒まできれいに食べると、残っていた地ビールを手に移り行く外の景色を眺めながらこの仙台出張に想いを馳せる。
夜の仙台は思っていたより普通で、十五年前の爪痕はほとんど残っていなかった。
人が歩いて車が走り、店からは明かりが漏れる。路肩に積まれていた瓦礫はどこにもなくて、ひび割れた建物や地面も見当たらない。それどころか十五年前よりも活気が溢れていた。
都会ならどこにでもあるような街並みが続いていて、もう自分が最後に見た仙台の光景は無い。
それでも十五年前から続く温かな空気は今も仙台の街を包み込み、新古が混ざった今の姿に目頭が熱くなった。
ボロボロの仙台に心を痛めていたかつての幼い自分が、やっと浄化されたような気さえしたのだった。
(次に仙台に来た時は、何を食べよう)
今度旅行で来る時は十五年前に一度途切れたものを少しずつ取り戻しつつ、仙台に限らず宮城の色んな場所に行って美味しいものを食べよう。
今のシーズンだと沿岸部で新鮮な魚介類が水揚げされている。石巻や松島の海辺で地ビールと一緒に味わう生牡蠣や焼き立ての秋刀魚といった秋の味覚が魅力的だが、秋から冬にかけてあちこちの店で提供されるせり鍋や郷土料理の油麩丼も捨てがたい。
(なんだ。故郷に帰るきっかけなんて、こんな些細な理由で良かったんだ。美味しいものを食べたいって、ただそれだけで……)
これからも仙台に来る度に、きっと十五年前の仙台を思い出して幾度となく懐古するだろう。
未曾有の出来事に絶望した幼いまどかの姿を見つけて胸が苦しくなることや足が竦むこともあるだろうが、この仙台出張が教えてくれた。
あの頃の仙台と今の仙台は、もう違うと——。
この十五年の間に子供だったまどかが大人になったように仙台の街から変わったものはたくさんあったが、変わらなかったものもあった。
今回の出張の中で食したいくつもの郷土料理や思い出の料理のように。
これまでは見るのも避けていたふるさとの料理だったが、一口食べただけで仙台に住んでいた頃の思い出がいくつも蘇って懐かしい気持ちになった。
それは壊滅的なまでにダメージを負った仙台が、かつてのような賑わいを取り戻していたことに安心したからだろうか。
(長く離れていたけれども、やっぱり私にとって仙台は『故郷』なんだね……)
十五年前の記憶ごと封じてしまいたかった仙台で暮らした過去。忘れたくても忘れられなかった理由を、ようやく見つけられたような気がした。
次はただ帰るためだけじゃなく、ただふるさとの食べたいものを食べるためだけに来よう。
そんなことが考えられるようになったのも、きっとまどかが大人になって、仙台の街と同じように成長したから。
胸の裡に燻っていた「十五年前のあの日」から、ようやく前に進んだからだろう。
「ご馳走さまでした」
次の仙台への旅行に想いを馳せつつ、まどかは牛タン弁当の蓋を閉じたのだった。
了
その途中のお土産処で職場に配るお菓子と心配してくれた額田に渡すお土産を選ぶと、ついでに売店で仙台の地ビールと駅弁を買う。
そして新幹線のホームに入ってきた新幹線に乗車して、仙台を後にしたのだった。
仙台の中心部を南下して薄闇に包まれた仙台市太白区の住宅街を抜けると、窓の向こうはあっという間に田園地帯が広がる。
ようやく終わった一泊二日の出張に安堵の息を吐きつつビールのプルトップを開けると、プシュという小気味良い音が車内に響く。そして窓に映る自分に向けて軽く缶を持ち上げると、キンキンに冷えたビールを一気に傾けたのだった。
「ぷはぁ!」
芳醇な麦芽の香りと程よい苦味に大満足なあまり、大きく息を吐いてしまう。
普段コンビニで買っている安いビールとは違って深みのある味わいは後味まですっきりしていて、舌で舐めとった唇に付いた白い泡もきめ細かくて心地良かった。
自宅での晩酌用にもう一本買っておけば良かったと、今更ながら後悔してしまう。
(何をやっているんだろう。ただ仕事で来ただけなのに、懐かしい料理を求めてあちこちを食べ歩いちゃった)
前の職場でも出張は何度か経験しているが、いつも食事は適当にホテル近くのコンビニで済ませていた。
今回の仙台出張でも同じようにすれば良かったのに、つい子供の頃に食べた料理を恋しがってあちこちのお店を食べ歩いてしまった。
仕事だけして帰ればいいのに、自分でも何をしているのかわからない。
「やっぱり、故郷の味が一番落ち着くかも」
あの出来事で仙台を嫌いになったわけではない。むしろ嫌いになれていなかった。
ただ帰るきっかけがなかっただけで、いざ帰ってくるとこんなにも故郷の味に飢えていたことを知った。
きっとこれからは何度でも食べに帰って来るだろう。楽しかった仙台での思い出を、思い出の味と共に回想するために。
(そうだ。駅に着くまでに食べないと)
駅弁の蓋を開けると、ふわっと肉の香りが周囲に漂う。新幹線の車内灯の中でも炭火でじっくりと火を通された焼き色の厚切り肉が目立っていた。
肉汁が沁み込んだふっくらご飯と一緒に噛めば噛むほどに、弾力のある牛肉の濃厚な旨味がまどかの口いっぱいに広がる。
鼻の中を燻すような炭の匂いが通り抜ければ、熱い網の上で白い煙を立ち昇らせながら網目状の焦げ目が付く牛タンと、牛タンから滴り落ちた脂でパチパチと音を立てる炭の光景が脳裏に浮かんだのだった。
(牛タン弁当の駅弁は前から知っていたけど、こんな味だったんだ)
仙台に住んでいた時は買わなかったであろう高級な牛タン弁当。牛タンと言えば、お店で食べる麦飯とテールスープが定番で、あえて弁当で食べようとは思わなかった。
でも新幹線の窓側の席に座って、仙台の地ビールを片手に食す牛タン弁当はなんて贅沢なのだろう。仙台に住み続けていたら絶対に出来なかった組み合わせだ。
「……おいしい」
仙台に来るまでは強張っていた頬はすっかり緩んでいた。昼にも唐揚げ定食を食べてお腹は満たされているはずが、牛タン弁当を前に箸が止まらない。
最後の一粒まできれいに食べると、残っていた地ビールを手に移り行く外の景色を眺めながらこの仙台出張に想いを馳せる。
夜の仙台は思っていたより普通で、十五年前の爪痕はほとんど残っていなかった。
人が歩いて車が走り、店からは明かりが漏れる。路肩に積まれていた瓦礫はどこにもなくて、ひび割れた建物や地面も見当たらない。それどころか十五年前よりも活気が溢れていた。
都会ならどこにでもあるような街並みが続いていて、もう自分が最後に見た仙台の光景は無い。
それでも十五年前から続く温かな空気は今も仙台の街を包み込み、新古が混ざった今の姿に目頭が熱くなった。
ボロボロの仙台に心を痛めていたかつての幼い自分が、やっと浄化されたような気さえしたのだった。
(次に仙台に来た時は、何を食べよう)
今度旅行で来る時は十五年前に一度途切れたものを少しずつ取り戻しつつ、仙台に限らず宮城の色んな場所に行って美味しいものを食べよう。
今のシーズンだと沿岸部で新鮮な魚介類が水揚げされている。石巻や松島の海辺で地ビールと一緒に味わう生牡蠣や焼き立ての秋刀魚といった秋の味覚が魅力的だが、秋から冬にかけてあちこちの店で提供されるせり鍋や郷土料理の油麩丼も捨てがたい。
(なんだ。故郷に帰るきっかけなんて、こんな些細な理由で良かったんだ。美味しいものを食べたいって、ただそれだけで……)
これからも仙台に来る度に、きっと十五年前の仙台を思い出して幾度となく懐古するだろう。
未曾有の出来事に絶望した幼いまどかの姿を見つけて胸が苦しくなることや足が竦むこともあるだろうが、この仙台出張が教えてくれた。
あの頃の仙台と今の仙台は、もう違うと——。
この十五年の間に子供だったまどかが大人になったように仙台の街から変わったものはたくさんあったが、変わらなかったものもあった。
今回の出張の中で食したいくつもの郷土料理や思い出の料理のように。
これまでは見るのも避けていたふるさとの料理だったが、一口食べただけで仙台に住んでいた頃の思い出がいくつも蘇って懐かしい気持ちになった。
それは壊滅的なまでにダメージを負った仙台が、かつてのような賑わいを取り戻していたことに安心したからだろうか。
(長く離れていたけれども、やっぱり私にとって仙台は『故郷』なんだね……)
十五年前の記憶ごと封じてしまいたかった仙台で暮らした過去。忘れたくても忘れられなかった理由を、ようやく見つけられたような気がした。
次はただ帰るためだけじゃなく、ただふるさとの食べたいものを食べるためだけに来よう。
そんなことが考えられるようになったのも、きっとまどかが大人になって、仙台の街と同じように成長したから。
胸の裡に燻っていた「十五年前のあの日」から、ようやく前に進んだからだろう。
「ご馳走さまでした」
次の仙台への旅行に想いを馳せつつ、まどかは牛タン弁当の蓋を閉じたのだった。
了



