(完全に食べすぎたかも……)
午前中はあまりにも身体が重くて、ついそんなことを考えてしまう。
仕事内容が展示会の裏方ということで任されたのは商品やフライヤーの補充だったが、重い身体を引きずって展示ホール内を行ったり来たりするのは意外と至難の業だった。ただここで役に立たなければ、何のために額田の代わりに本社から来たのか分からなくなってしまう。
ようやく人波が落ち着いたのは、午後二時を過ぎてからであった。ほとんど動き回っていたからか、朝食で満たされていた胃袋は消化されて、そろそろ空腹を訴えてきたところであった。
「東海林さん、そろそろ休憩に行っていいよ」
「行っていいんですか? 針生さんたちも休憩はまだでしたよね?」
フライヤーの予備を針生の車から取ってきたまどかが車のキーを返したところで、針生に促される。
「東海林さんは夕方の新幹線で帰るんだよね? だったら早めに休憩した方がいいよ。これからまた長時間の移動があるんだから。こっちは順番に休憩を取るから気にしないで」
「分かりました。皆さんも無理しないで下さい」
「ありがとう。この展示ホールの隣の建物の一階にレストランがあるからそこを使うといいよ。イベントの日しか営業していない限定のお店で、今日は十五時まで営業しているらしいから。味と量はそこそこ良いからオススメ」
「ありがとうございます。せっかくなのでそこに行ってみます」
針生に教えられたレストランは展示ホールを出て右に歩くと一分もしないうちに見つけた。案内板によればここにも小さな展示ホールがあるようで、今日は骨董市と幟が立っていた。
そんな小さな展示ホールと階段を挟んだ隣にこじんまりとしたレストランがあったが、どちらかといえば町の小さな大衆食堂といった雰囲気だった。
入り口にはメニュー表が置かれており、その下には「本日は十一時から十五時まで営業」と貼り紙がされていたのだった。
「ここか……」
店内は人がまばらでこちらもピークを終えたばかりといったところだろうか。大人数でも座れる長いテーブル席が中央にあるくらいで、あとは窓際にカウンター席が数席ある程度。どことなく高校の食堂を思い出してしまう。
ここのレストランは入り口脇の食券機で利用券を購入して、自分の番号が呼ばれたらカウンターまで取りに行くセルフ式らしい。出入り口付近には地元メーカーのパンや手作りらしきクッキーといった軽食も少量だが並んでいたがこれは食べ終わってからゆっくり見ようか。
針生たちに差し入れできそうなら、買っても良いかもしれない。
(定食メニューはミックスフライに唐揚げ、ハンバーグ、とんかつ。あっ、チキンステーキは売り切れなんだ……)
他にもカレー系がいくつかと、麺類はかき揚げか山菜のうどんか蕎麦。ランチにはコーヒーを付けられるらしい。メニュー表の側には料理の写真があったが、目新しいものは特に無さそうだった。
(一番人気はカツカレーか。う〜ん……そこまでお腹空いていないんだよね。でも麺類でさっぱりしたいわけじゃないし……)
結局迷いに迷って唐揚げ定食を注文したまどかは食券をカウンターに出すと、番号が振られたフードコート用のブザーを渡される。内装やメニューはひと昔前のようだが、仕組みは今時らしい。
(それにしてもあっという間の仙台出張だったな……)
料理を待っている間にスマホの写真フォルダーを開いて、この仙台出張で食べた料理の写真を順繰りに眺める。
仙台駅のずんだ味のマラサダから始まって、夜のはらこ飯、朝食バイキングのずんだ餅。どれも仙台ゆかりの料理だった。
十五年前から変わらない料理に安堵しつつも、長い間ふるさとの仙台から目を背けていた罪悪感も込み上げてくる。
あの大変な時期を乗り越えたからこそ「今の仙台」があるというのに、まどかだけは「十五年前の仙台」で止まっていた。
ふるさとの料理は、まどかを温かく迎えてくれたというのに。
そんなことを考えていると、急に目の前のブザーが鳴ってまどかは現実に引き戻される。
そしてカウンターから受け取った唐揚げ定食は、入り口の写真以上に食べ応えのある唐揚げと山盛りの葉物野菜が載ったボリューム満点の定食だった。
宮城県産の米を使った白飯と味噌汁、日替わりの小鉢はひじき煮、それからお新香。別皿には黒々とした唐揚げ用のソースが入っていた。
これで値段は千円もしないのはお得だ。都市部なら千二百円くらいはするだろうか。
(唐揚げのいい匂い! 写真を撮って冷めないうちに食べよう!)
今朝の食べ過ぎはどこにいったのか、揚げたての唐揚げを前にまどかのお腹はグゥ~と鳴ってしまう。早速唐揚げを箸で掴むと、まずはそのまま一口食べる。サックとした衣から溢れる油、そして熱々の肉汁滴る鶏肉。「熱ぃ!」と小さく声を漏らして、ハフハフしながら唐揚げを噛み締める。
柔らかな鶏肉を噛むほどに衣に使われる醤油と生姜の匂いが鼻を抜けて、昔懐かしい唐揚げの味が口の中に広がる。最近ではニンニクやカレーパウダーを使ったアレンジも増えてきているが、まどかは圧倒的に素朴な味の昔ながらのスタンダードな唐揚げが好きだった。
全国どこでも食べられるが、一つとして同じ味は存在しない。衣の厚さ、味付け、食感、鶏肉の部位、揚げ方、揚げ時間、作り手によって全く違うからだ。
(唐揚げ専門店のアレンジ唐揚げも美味しいけれど、やっぱり定番の甘じょっぱい唐揚げが一番だよね!)
あっという間に唐揚げを完食して食べ納めとなる甘く艶のある炊き立ての白米に舌鼓を打っていると、スマホのメッセージアプリがピコンと画面に表示される。片手で操作すると額田からの連絡で、仙台出張に行ってくれた礼と子供の体調が落ち着いたので来週から出勤するとの連絡であった。
最後まで感謝のこもった丁寧な文章で、うさぎのキャラクターがお辞儀するスタンプまで送ってくれた額田に、ついまどかの頬は弛んでしまったのだった。
(仙台出張って言われた時は嫌だったのに……)
十五年前のあの出来事で自分は仙台が嫌いになったと思っていた。それでずっと避けていたのだと。
でも本当は違っていた。自分が離れている間に変わってしまった仙台に、居場所が無いと言われるのが怖ったから。
実際に来たら、住んでいた頃と変わりなくまどかを迎え入れてくれたというのに。
(今は仙台に来て良かったって思える。だってこんなにも故郷は素敵な場所だって思い出せたから)
こんな機会が無かったら、きっと故郷である仙台から逃げたままだった。
いつかは向き合わなければならないと思いつつもなかなか踏み出せなくて、時間ばかりが過ぎていった。
変わってしまったもの、二度と戻らないものもあるが、こうして変わらないものもある。
子供の頃に慣れ親しんだふるさとの空気、懐かしい場所、 そして思い出の味。
(今度は旅行に来ようかな)
次の一人旅行の行き先は決まった。今回は行けなかった仙台中心部や足を伸ばして松島や秋保にも行こうか。雪が降る前なら鳴子や蔵王、栗駒山に紅葉狩りに行くのもいいかもしれない。お土産を買って久しぶりに両親に会いに行こうか。まどかより長く仙台に暮らしていた二人はきっと懐かしんでくれるだろう。
一度ふるさとを離れたからこそ分かる故郷の魅力。それをまどかも知った気がした。
今住んでいる場所も好きだが、郷里でしか味わえないものある。また帰郷したいと思える何かが。
(せっかくだから、旅行に来た時は子供の頃に行けなかったな所にも行ってみたいな)
今のまどかは二十七歳。もうここを離れた時の子供じゃない。一人で好きな場所に行くことも、やりたいことだってできる。
額田に返事を考える傍らで、まどかは次の旅行計画をあれこれ練ったのだった。
◆◆◆
午前中はあまりにも身体が重くて、ついそんなことを考えてしまう。
仕事内容が展示会の裏方ということで任されたのは商品やフライヤーの補充だったが、重い身体を引きずって展示ホール内を行ったり来たりするのは意外と至難の業だった。ただここで役に立たなければ、何のために額田の代わりに本社から来たのか分からなくなってしまう。
ようやく人波が落ち着いたのは、午後二時を過ぎてからであった。ほとんど動き回っていたからか、朝食で満たされていた胃袋は消化されて、そろそろ空腹を訴えてきたところであった。
「東海林さん、そろそろ休憩に行っていいよ」
「行っていいんですか? 針生さんたちも休憩はまだでしたよね?」
フライヤーの予備を針生の車から取ってきたまどかが車のキーを返したところで、針生に促される。
「東海林さんは夕方の新幹線で帰るんだよね? だったら早めに休憩した方がいいよ。これからまた長時間の移動があるんだから。こっちは順番に休憩を取るから気にしないで」
「分かりました。皆さんも無理しないで下さい」
「ありがとう。この展示ホールの隣の建物の一階にレストランがあるからそこを使うといいよ。イベントの日しか営業していない限定のお店で、今日は十五時まで営業しているらしいから。味と量はそこそこ良いからオススメ」
「ありがとうございます。せっかくなのでそこに行ってみます」
針生に教えられたレストランは展示ホールを出て右に歩くと一分もしないうちに見つけた。案内板によればここにも小さな展示ホールがあるようで、今日は骨董市と幟が立っていた。
そんな小さな展示ホールと階段を挟んだ隣にこじんまりとしたレストランがあったが、どちらかといえば町の小さな大衆食堂といった雰囲気だった。
入り口にはメニュー表が置かれており、その下には「本日は十一時から十五時まで営業」と貼り紙がされていたのだった。
「ここか……」
店内は人がまばらでこちらもピークを終えたばかりといったところだろうか。大人数でも座れる長いテーブル席が中央にあるくらいで、あとは窓際にカウンター席が数席ある程度。どことなく高校の食堂を思い出してしまう。
ここのレストランは入り口脇の食券機で利用券を購入して、自分の番号が呼ばれたらカウンターまで取りに行くセルフ式らしい。出入り口付近には地元メーカーのパンや手作りらしきクッキーといった軽食も少量だが並んでいたがこれは食べ終わってからゆっくり見ようか。
針生たちに差し入れできそうなら、買っても良いかもしれない。
(定食メニューはミックスフライに唐揚げ、ハンバーグ、とんかつ。あっ、チキンステーキは売り切れなんだ……)
他にもカレー系がいくつかと、麺類はかき揚げか山菜のうどんか蕎麦。ランチにはコーヒーを付けられるらしい。メニュー表の側には料理の写真があったが、目新しいものは特に無さそうだった。
(一番人気はカツカレーか。う〜ん……そこまでお腹空いていないんだよね。でも麺類でさっぱりしたいわけじゃないし……)
結局迷いに迷って唐揚げ定食を注文したまどかは食券をカウンターに出すと、番号が振られたフードコート用のブザーを渡される。内装やメニューはひと昔前のようだが、仕組みは今時らしい。
(それにしてもあっという間の仙台出張だったな……)
料理を待っている間にスマホの写真フォルダーを開いて、この仙台出張で食べた料理の写真を順繰りに眺める。
仙台駅のずんだ味のマラサダから始まって、夜のはらこ飯、朝食バイキングのずんだ餅。どれも仙台ゆかりの料理だった。
十五年前から変わらない料理に安堵しつつも、長い間ふるさとの仙台から目を背けていた罪悪感も込み上げてくる。
あの大変な時期を乗り越えたからこそ「今の仙台」があるというのに、まどかだけは「十五年前の仙台」で止まっていた。
ふるさとの料理は、まどかを温かく迎えてくれたというのに。
そんなことを考えていると、急に目の前のブザーが鳴ってまどかは現実に引き戻される。
そしてカウンターから受け取った唐揚げ定食は、入り口の写真以上に食べ応えのある唐揚げと山盛りの葉物野菜が載ったボリューム満点の定食だった。
宮城県産の米を使った白飯と味噌汁、日替わりの小鉢はひじき煮、それからお新香。別皿には黒々とした唐揚げ用のソースが入っていた。
これで値段は千円もしないのはお得だ。都市部なら千二百円くらいはするだろうか。
(唐揚げのいい匂い! 写真を撮って冷めないうちに食べよう!)
今朝の食べ過ぎはどこにいったのか、揚げたての唐揚げを前にまどかのお腹はグゥ~と鳴ってしまう。早速唐揚げを箸で掴むと、まずはそのまま一口食べる。サックとした衣から溢れる油、そして熱々の肉汁滴る鶏肉。「熱ぃ!」と小さく声を漏らして、ハフハフしながら唐揚げを噛み締める。
柔らかな鶏肉を噛むほどに衣に使われる醤油と生姜の匂いが鼻を抜けて、昔懐かしい唐揚げの味が口の中に広がる。最近ではニンニクやカレーパウダーを使ったアレンジも増えてきているが、まどかは圧倒的に素朴な味の昔ながらのスタンダードな唐揚げが好きだった。
全国どこでも食べられるが、一つとして同じ味は存在しない。衣の厚さ、味付け、食感、鶏肉の部位、揚げ方、揚げ時間、作り手によって全く違うからだ。
(唐揚げ専門店のアレンジ唐揚げも美味しいけれど、やっぱり定番の甘じょっぱい唐揚げが一番だよね!)
あっという間に唐揚げを完食して食べ納めとなる甘く艶のある炊き立ての白米に舌鼓を打っていると、スマホのメッセージアプリがピコンと画面に表示される。片手で操作すると額田からの連絡で、仙台出張に行ってくれた礼と子供の体調が落ち着いたので来週から出勤するとの連絡であった。
最後まで感謝のこもった丁寧な文章で、うさぎのキャラクターがお辞儀するスタンプまで送ってくれた額田に、ついまどかの頬は弛んでしまったのだった。
(仙台出張って言われた時は嫌だったのに……)
十五年前のあの出来事で自分は仙台が嫌いになったと思っていた。それでずっと避けていたのだと。
でも本当は違っていた。自分が離れている間に変わってしまった仙台に、居場所が無いと言われるのが怖ったから。
実際に来たら、住んでいた頃と変わりなくまどかを迎え入れてくれたというのに。
(今は仙台に来て良かったって思える。だってこんなにも故郷は素敵な場所だって思い出せたから)
こんな機会が無かったら、きっと故郷である仙台から逃げたままだった。
いつかは向き合わなければならないと思いつつもなかなか踏み出せなくて、時間ばかりが過ぎていった。
変わってしまったもの、二度と戻らないものもあるが、こうして変わらないものもある。
子供の頃に慣れ親しんだふるさとの空気、懐かしい場所、 そして思い出の味。
(今度は旅行に来ようかな)
次の一人旅行の行き先は決まった。今回は行けなかった仙台中心部や足を伸ばして松島や秋保にも行こうか。雪が降る前なら鳴子や蔵王、栗駒山に紅葉狩りに行くのもいいかもしれない。お土産を買って久しぶりに両親に会いに行こうか。まどかより長く仙台に暮らしていた二人はきっと懐かしんでくれるだろう。
一度ふるさとを離れたからこそ分かる故郷の魅力。それをまどかも知った気がした。
今住んでいる場所も好きだが、郷里でしか味わえないものある。また帰郷したいと思える何かが。
(せっかくだから、旅行に来た時は子供の頃に行けなかったな所にも行ってみたいな)
今のまどかは二十七歳。もうここを離れた時の子供じゃない。一人で好きな場所に行くことも、やりたいことだってできる。
額田に返事を考える傍らで、まどかは次の旅行計画をあれこれ練ったのだった。
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