そして辿り着いたはらこ飯を提供する寿司店の暖簾をくぐって店内を見る。
すでに仕事帰りと思しき会社員や買い物帰りと思しき家族連れで混雑していたが、カウンター席の端の一席だけ空いていた。
寿司屋特有の魚と酢飯の匂いが混ざった昔ながらのお店。木製の店内やカウンターからは木の温もりが感じられてほっこりした気持ちになる。
(こういうお店好きかも)
ようやく手が空いたのか、女性店員がメニュー表を手に現れたので「一人なんですけど」と声を掛ける。
「どうぞ。カウンター空いてますよ」
案内されたカウンター席に座ると、メニュー表を開きながら尋ねる。
「あの。はらこ飯はまだありますか?」
「ありますよ。ご飯の量はどうされますか?」
「普通でお願いします」
しばらくして運ばれてきたはらこ飯は、入り口のポスターと同じようにどんぶりから溢れそうなまでに大粒のいくらと鮭の切り身が載っていて、記録用にスマホで写真を撮っている間も早く食べたくてうずうずしてしまう。
料理が運ばれてくる間に読んでいたメニュー表によれば、いくらと鮭は今朝方に県内で水揚げされたそうで、鮭の煮汁を使って炊き上げたというご飯も宮城県産の米を使っている。
つまりこのはらこ飯は、ほぼ宮城県産のもので作られていることになる。地産地消の四文字が頭の中に浮かぶ。
「いただきます」
匙で作ったはらこ飯からは香ばしい出汁の香りと熱々の炊き立てご飯の香りが漂い、口に入れた瞬間に醤油漬けの朱色のいくらがプチプチッと潰れる。
醤油の甘じょっぱさとまろやかないくらの旨味が磯の香りと共にとろりと口の中に広がって、噛むたびに上品な甘さに満たされたのだった。
(そうそう! はらこ飯ってこういう味! 懐かしい味……はらこ飯も子供の頃に何度か食べたな……)
関東地方では滅多に味わえない新鮮ないくらの味を堪能していると、次いで出汁が香り立つ熱々ご飯と塩味の利いた焼き鮭が絡み合う。
程よくほぐされた焼き鮭の赤身がホロホロと崩れると今度は鮭の脂がご飯と混って、甘じょっぱいいくらの旨味を纏ったご飯からコクのある鮭の芳ばしい味のご飯へと味が変わる。
口の中で二転三転するはらこ飯にすっかり身も心を解されて、いつまで味わっていたい贅沢な至福の空間にまどかは身を委ねたのだった。
(このいくらがプチプチ潰れる食感が好きだけど、塩分の高いいくらと焼き鮭の組み合わせは子供の身体に良くないからって、あまり食べさせてもらえなかったんだよね。関東地方にははらこ飯が食べられるお店ってほとんど無かったから、この出張で食べられて良かった……)
日替わり味噌汁はあおさと豆腐の味噌汁ということで、一口飲めばあおさの磯の匂いと仙台特有の米から作られた赤味噌の香りが海辺を思い出させられた。
砂浜を寄せては返す白い波と、陽光を浴びてキラキラとした細かい砂が懐かしい。海水浴も仙台に住んでいる時に数回行ったきりで、引っ越してからは一度も行っていなかった。
ほっとひと息ついたところで、酒が恋しくなってしまう。メニュー表の日本酒の欄を見て宮城の地酒を見つけたまどかは腕時計に目を移して一考したのだった。
(もう就業時間は過ぎているから良いよね?)
帰り道のことも考えて一杯だけと自分に言い聞かせながら、まどかは店員さんを呼んで日本酒を注文する。
運ばれてきた徳利から漂う純米酒の香りは、お猪口に注ぐ間も辺りに広がっていた。一口飲めば米の甘味とコクが広がって、軽やかな酸味と辛味が後からほんのりとやってきたのだった。
(はらこ飯を食べながら地酒を味わう。これぞまさに大人の味って感じ!)
子供の頃にはできなかった組み合わせを堪能しつつ、残っていたはらこ飯を口にする。大人になった今だからこそできる贅沢な夕食に、まどかは舌鼓を打ったのだった。
やがてどんぶりが空になる頃には、身も心もすっかり満たされていた。
(そうだ。仙台での思い出は悲しいものばかりじゃなかった。こういう美味しいものを食べたことや楽しい場所に出掛けた思い出もあった)
十五年前の出来事の衝撃が大きいが、仙台に暮らしていた頃は両親と海水浴に行って、海沿いの食事処ではらこ飯を食べたこともあった。
引っ越してからはずっと目を背けていたこともあって忘れていたが、仙台に住んでいた時にはこういう小さな食卓だったり、どこかに出掛けた思い出だったり、楽しい思い出もたくさんあったはずだ。
今になって思えばまどかが覚えている仙台は、大きな出来事だけじゃない。こんなに細かく小さな思い出だってあったのだと。
それを今日だけで思い出したような気がした。
(きっかけは出張だったにしても、仙台に来たのは悪いことじゃなかったかも)
仙台に来るまで抱えていた不安や一日の疲れが癒されたのを感じつつ、まどかはお猪口を置いて席を立ったのだった。
◆◆◆
すでに仕事帰りと思しき会社員や買い物帰りと思しき家族連れで混雑していたが、カウンター席の端の一席だけ空いていた。
寿司屋特有の魚と酢飯の匂いが混ざった昔ながらのお店。木製の店内やカウンターからは木の温もりが感じられてほっこりした気持ちになる。
(こういうお店好きかも)
ようやく手が空いたのか、女性店員がメニュー表を手に現れたので「一人なんですけど」と声を掛ける。
「どうぞ。カウンター空いてますよ」
案内されたカウンター席に座ると、メニュー表を開きながら尋ねる。
「あの。はらこ飯はまだありますか?」
「ありますよ。ご飯の量はどうされますか?」
「普通でお願いします」
しばらくして運ばれてきたはらこ飯は、入り口のポスターと同じようにどんぶりから溢れそうなまでに大粒のいくらと鮭の切り身が載っていて、記録用にスマホで写真を撮っている間も早く食べたくてうずうずしてしまう。
料理が運ばれてくる間に読んでいたメニュー表によれば、いくらと鮭は今朝方に県内で水揚げされたそうで、鮭の煮汁を使って炊き上げたというご飯も宮城県産の米を使っている。
つまりこのはらこ飯は、ほぼ宮城県産のもので作られていることになる。地産地消の四文字が頭の中に浮かぶ。
「いただきます」
匙で作ったはらこ飯からは香ばしい出汁の香りと熱々の炊き立てご飯の香りが漂い、口に入れた瞬間に醤油漬けの朱色のいくらがプチプチッと潰れる。
醤油の甘じょっぱさとまろやかないくらの旨味が磯の香りと共にとろりと口の中に広がって、噛むたびに上品な甘さに満たされたのだった。
(そうそう! はらこ飯ってこういう味! 懐かしい味……はらこ飯も子供の頃に何度か食べたな……)
関東地方では滅多に味わえない新鮮ないくらの味を堪能していると、次いで出汁が香り立つ熱々ご飯と塩味の利いた焼き鮭が絡み合う。
程よくほぐされた焼き鮭の赤身がホロホロと崩れると今度は鮭の脂がご飯と混って、甘じょっぱいいくらの旨味を纏ったご飯からコクのある鮭の芳ばしい味のご飯へと味が変わる。
口の中で二転三転するはらこ飯にすっかり身も心を解されて、いつまで味わっていたい贅沢な至福の空間にまどかは身を委ねたのだった。
(このいくらがプチプチ潰れる食感が好きだけど、塩分の高いいくらと焼き鮭の組み合わせは子供の身体に良くないからって、あまり食べさせてもらえなかったんだよね。関東地方にははらこ飯が食べられるお店ってほとんど無かったから、この出張で食べられて良かった……)
日替わり味噌汁はあおさと豆腐の味噌汁ということで、一口飲めばあおさの磯の匂いと仙台特有の米から作られた赤味噌の香りが海辺を思い出させられた。
砂浜を寄せては返す白い波と、陽光を浴びてキラキラとした細かい砂が懐かしい。海水浴も仙台に住んでいる時に数回行ったきりで、引っ越してからは一度も行っていなかった。
ほっとひと息ついたところで、酒が恋しくなってしまう。メニュー表の日本酒の欄を見て宮城の地酒を見つけたまどかは腕時計に目を移して一考したのだった。
(もう就業時間は過ぎているから良いよね?)
帰り道のことも考えて一杯だけと自分に言い聞かせながら、まどかは店員さんを呼んで日本酒を注文する。
運ばれてきた徳利から漂う純米酒の香りは、お猪口に注ぐ間も辺りに広がっていた。一口飲めば米の甘味とコクが広がって、軽やかな酸味と辛味が後からほんのりとやってきたのだった。
(はらこ飯を食べながら地酒を味わう。これぞまさに大人の味って感じ!)
子供の頃にはできなかった組み合わせを堪能しつつ、残っていたはらこ飯を口にする。大人になった今だからこそできる贅沢な夕食に、まどかは舌鼓を打ったのだった。
やがてどんぶりが空になる頃には、身も心もすっかり満たされていた。
(そうだ。仙台での思い出は悲しいものばかりじゃなかった。こういう美味しいものを食べたことや楽しい場所に出掛けた思い出もあった)
十五年前の出来事の衝撃が大きいが、仙台に暮らしていた頃は両親と海水浴に行って、海沿いの食事処ではらこ飯を食べたこともあった。
引っ越してからはずっと目を背けていたこともあって忘れていたが、仙台に住んでいた時にはこういう小さな食卓だったり、どこかに出掛けた思い出だったり、楽しい思い出もたくさんあったはずだ。
今になって思えばまどかが覚えている仙台は、大きな出来事だけじゃない。こんなに細かく小さな思い出だってあったのだと。
それを今日だけで思い出したような気がした。
(きっかけは出張だったにしても、仙台に来たのは悪いことじゃなかったかも)
仙台に来るまで抱えていた不安や一日の疲れが癒されたのを感じつつ、まどかはお猪口を置いて席を立ったのだった。
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