「すみません。わざわざ本社からお越しいただいて。まさか額田さんがお休みだと知らなくて無理を言ってしまって……お昼はもう召し上がりましたか?」
「はい。昼食はもう済ませました。額田さんから仕事の引継ぎは受けていますが、もし至らぬ点がありましたら申し訳ありません」
今朝のマラサダがまだお腹に残っていたこともあって、適当にホテル近くのコンビニでお昼を済ませたまどかは仙台駅の東側に位置する東口前のロータリーまで迎えに来てくれた福島支店の針生の車に乗り込んで、展示会が開催されるという仙台港近くの会場に向かう。
針生はまどかより少し年上の若い男性で、いかにも東北人といった温厚で穏やかな人であった。
展示会は明日からの二日間で、まどかには前日の準備と初日の裏方を手伝って欲しいという。二日目は福島支店から応援が来るそうで、撤収作業などは問題ないとのことであった。
「本当は全てうち……福島支店の社員でなんとかしたいところですが、今年に限って福島で別のイベントと日程が重なってしまいまして。そっちは一日だけなので問題ないのですが、どうしても明日だけ人手が足りなくて」
「困った時はお互い様と言いますから……後ろのチャイルドシートはお子さんが使っているものですか?」
「そうです。一年前に生まれた娘のものです。社用車も全て出払っていたので、仕方なく自分の車を使うことになりまして……良ければ写真でも見ますか?」
赤信号で停まっている間に、スマホを操作した針生が娘の写真を見せてくれる。豪華な祝い膳を前に生まれたばかりの小さな子供を抱いている針生と、その隣にいる若い女性が針生の奥さんだろうか。まどかと同年代くらいの夫婦が我が子を抱いて微笑む姿に、独身のまどかまでほっこりした気持ちになる。
「可愛いお子さんですね。これはお食い初めの写真ですか? 仙台でされたんですね」
「よく仙台だって、分かりましたね。ボクも妻も実家が仙台市内にあるので、仙台駅前のホテルでお食い初めをしたんです」
「私も十五年前まで仙台に暮らしていて、このお店でお食い初めをしたって両親に聞いていたので……」
写真には店名は書かれていないが、店内の内装はまどかも自分のお食い初めの写真で見たことがあった。両親に聞けば、仙台駅前の有名なホテル内の和食レストランでお食い初めをしたという。
まどかが生まれた頃から変わらない木の温もりを感じられるシックなデザインのレストランの内装と豪奢な料理に、ちょっとだけ懐かしい気持ちになる。
「やっぱりそうでしたか! いや~! 額田さんでさえ迷った仙台駅の東口にすぐに来られたのと、東海林さんの名字が仙台特有のものだったので、もしかして仙台の人じゃないと思ったんですよ。十五年前のあの日を境に多くの人が県外に引っ越しましたからね。戻って来た人もいますが、戻らなかった人も多かったと聞いています」
「すみません。父の仕事の都合でなかなか仙台に戻れなくて……元通りの生活を送れるようになるまで、皆さんが苦労している中で他の土地に移ってしまって」
「責めるつもりはありませんよ。引っ越した人たちも慣れるまで苦労したでしょう。新天地で生活を定着させるのも一筋縄ではいきませんから。ボクも新卒で東京本社に勤務した時、一人暮らしに慣れるまで相当大変でしたから。ゴミ出しのルールやら、家賃の値段の違いやら……最初は失敗だらけでした」
平日の午後だからか国道は空いており、車は順調に進んで行った。針生によればJR宮城野原駅前にある野球場でプロ野球の試合がある日は、平日でも道路が混雑するという。
十五年前の出来事でまだまだ復興の途上にあった仙台に希望をもたらした地元球団のことはまどかも知っている。仙台のサッカーチームやバスケットボールチームも、県内各地の小学校に慰問に来てくれた。
まどかはスポーツに詳しくないが、当時の選手たちが子供たち一人一人にサインを書いて激励の言葉をくれたことは今でも忘れられない。
「十五年前はボクはまだ高校生で、あの時はちょうど所属していたバレーボール部の部活動の最中でした。立っていられなくなって床に伏せている間も、チームメイトたちの悲鳴が体育館中に響いていて……窓ガラスや天井も落ちてくるんじゃないかってくらい激しい音を立てながら軋んでいましたね。あの光景は今でも忘れられません」
「私は小学生で授業中でした。子供だったので全ては覚えていませんが、とても怖くて心細かったことだけ覚えています」
「しばらくはテレビもラジオもこの話ばかりで、ノイローゼになりませんでした? ボクはすっかり嫌になってしまって、もう少し楽しい話をしてくれたらって思ったものです。これも今だからこそできる笑い話ですが」
「ふふっ。私も暗い話ばかりで飽きてしまいました。あの頃はどこも自粛して同じCMばかり流れていましたよね。多分、今でも言えますよ」
「あー。あのCMか! たしか歌や詩の朗読もあったよね! そういえば、あの年の高校の文化祭で歌っていた団体がいたな〜。懐かしいや」
そんなことを話しているうちに、車は仙台港付近を走行して展示会の会場となる展示ホールに到着する。すでに他の企業も商品の搬入や設営を始めているようで、駐車場はほぼ満車であった。
針生に連れられて福島支店の人たちと合流したまどかは簡単な自己紹介の後に、すぐ展示会の打ち合わせに入る。
広いホールの中に設けられた自社ブースで最初に今回の商品と資料の説明を受けると、今後のスケジュールを確認し、それぞれ役割分担をして設営を開始する。力仕事は針生たち男性社員が担い、まどかたち女性社員が商品やフライヤーを設置したのだった。
やがて午後六時を回ったところで、設営があらかた完了する。その頃にはまどかももうヘトヘトで足が棒になっていた。
「お疲れ様でした。東海林さん、助かりました」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
パイプ椅子に座ってペットボトルの水を手にひと息ついていたところで、針生に声を掛けられる。
「ボクたちはもう少し準備があるから残るけど、女性社員は先に上がることになったから。東海林さんはどうする? 近くの駅まで送ろうか?」
「いいえ。駅まで遠いわけじゃないので歩いて帰ります。どこかで夕飯も食べたいので」
休憩時に調べたところ、ここから最寄り駅まで二十分前後で着くとのことであった。その途中にはアウトレットモールがあるらしいので、そこで夕ご飯を食べてからホテルに戻るつもりだった。
針生から気を付けて帰るように言われて、展示ホールを後にしたまどかはスマホの地図を頼りにアウトレットモールに向かう。このアウトレットモールはまどかが仙台に暮らしていた頃に建てられたが来たことは無かった。
アウトレットモールのシンボルである大きな観覧車に憧れたものの、結局乗ることなく関東地方に越してしまったのだった。
大人になった今では乗りたいとは思わないものの、 それでも暗くなった空に映える観覧車を目にした途端に少しだけ気分が高揚してしまう。遊園地に来た時のように、弾んだ気持ちになってしまうのだった。
そんな観覧車を横目に見ながらアウトレットモール内に立ち寄ったまどかだったが、最初に目を引いたのは「今月のおすすめ品」のポスターだった。
(そういえば今ってはらこ飯のシーズンだっけ。美味しそう……)
仙台の特産品を中心に掲載されたおすすめ品のグルメ欄には、赤々としたいくらとふわふわの焼き鮭がどんぶりにぎっしり載ったはらこ飯の写真が載せられていた。一人メシにしては高い金額だったものの、日替わり味噌汁とお新香が付くらしい。
値段の下に「数量限定」と書かれているので、もう売り切れかもしれないがダメ元でお店に行ってみようか。
そんな迷っていたまどかの背中を押すようにぐっ~とお腹が鳴った。「……正直だなあ」と笑ったところで、気持ちは決まった。
館内マップを見てお店の場所を確認すると、他の店には見向きもせずに真っ直ぐ向かう。
(今日のご飯はここに決まり。せっかく仙台に来たんだもん。少しくらい仙台らしいものを食べよう)
◆◆◆
「はい。昼食はもう済ませました。額田さんから仕事の引継ぎは受けていますが、もし至らぬ点がありましたら申し訳ありません」
今朝のマラサダがまだお腹に残っていたこともあって、適当にホテル近くのコンビニでお昼を済ませたまどかは仙台駅の東側に位置する東口前のロータリーまで迎えに来てくれた福島支店の針生の車に乗り込んで、展示会が開催されるという仙台港近くの会場に向かう。
針生はまどかより少し年上の若い男性で、いかにも東北人といった温厚で穏やかな人であった。
展示会は明日からの二日間で、まどかには前日の準備と初日の裏方を手伝って欲しいという。二日目は福島支店から応援が来るそうで、撤収作業などは問題ないとのことであった。
「本当は全てうち……福島支店の社員でなんとかしたいところですが、今年に限って福島で別のイベントと日程が重なってしまいまして。そっちは一日だけなので問題ないのですが、どうしても明日だけ人手が足りなくて」
「困った時はお互い様と言いますから……後ろのチャイルドシートはお子さんが使っているものですか?」
「そうです。一年前に生まれた娘のものです。社用車も全て出払っていたので、仕方なく自分の車を使うことになりまして……良ければ写真でも見ますか?」
赤信号で停まっている間に、スマホを操作した針生が娘の写真を見せてくれる。豪華な祝い膳を前に生まれたばかりの小さな子供を抱いている針生と、その隣にいる若い女性が針生の奥さんだろうか。まどかと同年代くらいの夫婦が我が子を抱いて微笑む姿に、独身のまどかまでほっこりした気持ちになる。
「可愛いお子さんですね。これはお食い初めの写真ですか? 仙台でされたんですね」
「よく仙台だって、分かりましたね。ボクも妻も実家が仙台市内にあるので、仙台駅前のホテルでお食い初めをしたんです」
「私も十五年前まで仙台に暮らしていて、このお店でお食い初めをしたって両親に聞いていたので……」
写真には店名は書かれていないが、店内の内装はまどかも自分のお食い初めの写真で見たことがあった。両親に聞けば、仙台駅前の有名なホテル内の和食レストランでお食い初めをしたという。
まどかが生まれた頃から変わらない木の温もりを感じられるシックなデザインのレストランの内装と豪奢な料理に、ちょっとだけ懐かしい気持ちになる。
「やっぱりそうでしたか! いや~! 額田さんでさえ迷った仙台駅の東口にすぐに来られたのと、東海林さんの名字が仙台特有のものだったので、もしかして仙台の人じゃないと思ったんですよ。十五年前のあの日を境に多くの人が県外に引っ越しましたからね。戻って来た人もいますが、戻らなかった人も多かったと聞いています」
「すみません。父の仕事の都合でなかなか仙台に戻れなくて……元通りの生活を送れるようになるまで、皆さんが苦労している中で他の土地に移ってしまって」
「責めるつもりはありませんよ。引っ越した人たちも慣れるまで苦労したでしょう。新天地で生活を定着させるのも一筋縄ではいきませんから。ボクも新卒で東京本社に勤務した時、一人暮らしに慣れるまで相当大変でしたから。ゴミ出しのルールやら、家賃の値段の違いやら……最初は失敗だらけでした」
平日の午後だからか国道は空いており、車は順調に進んで行った。針生によればJR宮城野原駅前にある野球場でプロ野球の試合がある日は、平日でも道路が混雑するという。
十五年前の出来事でまだまだ復興の途上にあった仙台に希望をもたらした地元球団のことはまどかも知っている。仙台のサッカーチームやバスケットボールチームも、県内各地の小学校に慰問に来てくれた。
まどかはスポーツに詳しくないが、当時の選手たちが子供たち一人一人にサインを書いて激励の言葉をくれたことは今でも忘れられない。
「十五年前はボクはまだ高校生で、あの時はちょうど所属していたバレーボール部の部活動の最中でした。立っていられなくなって床に伏せている間も、チームメイトたちの悲鳴が体育館中に響いていて……窓ガラスや天井も落ちてくるんじゃないかってくらい激しい音を立てながら軋んでいましたね。あの光景は今でも忘れられません」
「私は小学生で授業中でした。子供だったので全ては覚えていませんが、とても怖くて心細かったことだけ覚えています」
「しばらくはテレビもラジオもこの話ばかりで、ノイローゼになりませんでした? ボクはすっかり嫌になってしまって、もう少し楽しい話をしてくれたらって思ったものです。これも今だからこそできる笑い話ですが」
「ふふっ。私も暗い話ばかりで飽きてしまいました。あの頃はどこも自粛して同じCMばかり流れていましたよね。多分、今でも言えますよ」
「あー。あのCMか! たしか歌や詩の朗読もあったよね! そういえば、あの年の高校の文化祭で歌っていた団体がいたな〜。懐かしいや」
そんなことを話しているうちに、車は仙台港付近を走行して展示会の会場となる展示ホールに到着する。すでに他の企業も商品の搬入や設営を始めているようで、駐車場はほぼ満車であった。
針生に連れられて福島支店の人たちと合流したまどかは簡単な自己紹介の後に、すぐ展示会の打ち合わせに入る。
広いホールの中に設けられた自社ブースで最初に今回の商品と資料の説明を受けると、今後のスケジュールを確認し、それぞれ役割分担をして設営を開始する。力仕事は針生たち男性社員が担い、まどかたち女性社員が商品やフライヤーを設置したのだった。
やがて午後六時を回ったところで、設営があらかた完了する。その頃にはまどかももうヘトヘトで足が棒になっていた。
「お疲れ様でした。東海林さん、助かりました」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
パイプ椅子に座ってペットボトルの水を手にひと息ついていたところで、針生に声を掛けられる。
「ボクたちはもう少し準備があるから残るけど、女性社員は先に上がることになったから。東海林さんはどうする? 近くの駅まで送ろうか?」
「いいえ。駅まで遠いわけじゃないので歩いて帰ります。どこかで夕飯も食べたいので」
休憩時に調べたところ、ここから最寄り駅まで二十分前後で着くとのことであった。その途中にはアウトレットモールがあるらしいので、そこで夕ご飯を食べてからホテルに戻るつもりだった。
針生から気を付けて帰るように言われて、展示ホールを後にしたまどかはスマホの地図を頼りにアウトレットモールに向かう。このアウトレットモールはまどかが仙台に暮らしていた頃に建てられたが来たことは無かった。
アウトレットモールのシンボルである大きな観覧車に憧れたものの、結局乗ることなく関東地方に越してしまったのだった。
大人になった今では乗りたいとは思わないものの、 それでも暗くなった空に映える観覧車を目にした途端に少しだけ気分が高揚してしまう。遊園地に来た時のように、弾んだ気持ちになってしまうのだった。
そんな観覧車を横目に見ながらアウトレットモール内に立ち寄ったまどかだったが、最初に目を引いたのは「今月のおすすめ品」のポスターだった。
(そういえば今ってはらこ飯のシーズンだっけ。美味しそう……)
仙台の特産品を中心に掲載されたおすすめ品のグルメ欄には、赤々としたいくらとふわふわの焼き鮭がどんぶりにぎっしり載ったはらこ飯の写真が載せられていた。一人メシにしては高い金額だったものの、日替わり味噌汁とお新香が付くらしい。
値段の下に「数量限定」と書かれているので、もう売り切れかもしれないがダメ元でお店に行ってみようか。
そんな迷っていたまどかの背中を押すようにぐっ~とお腹が鳴った。「……正直だなあ」と笑ったところで、気持ちは決まった。
館内マップを見てお店の場所を確認すると、他の店には見向きもせずに真っ直ぐ向かう。
(今日のご飯はここに決まり。せっかく仙台に来たんだもん。少しくらい仙台らしいものを食べよう)
◆◆◆



