そしてあっという間に仙台への出張の日が訪れると、まどかはスーツケースを手に朝のJR仙台駅に到着した。
時刻は午前九時を回ったところ、平日の新幹線ホームは人もまばらだった。福島支店の人との合流は午後からなので、先にホテルにチェックインして荷物を置くつもりだったが、その前にまずは朝食だった。
結局何を食べるか決められなかったが、仙台に来て最初の料理はこれと決めていた。
(あのお店のスープパスタだけは、もう一度食べたかったんだよね)
新幹線乗り場の中央改札口から出て、仙台駅の三階に出るとすぐさま目の前のエスカレーターを降りて一階に向かう。目的地は地元民ならみんな知っているスープパスタのお店。
とろりとしたクリーミーな濃厚スープに絡める硬さが絶妙なパスタが絶品で、ベーコンやアサリといった具材の旨みもスープに溶け込んでいてボリューミーで食べ応えがある。
子供の頃、両親に連れられて何度か行ったが、このお店に匹敵するようなスープパスタには未だ出会えていなかった。
唯一無二のスープパスタを食べるまたとない機会。このチャンスを逃したくないと自然と足が速くなる。
通行人の隙間を掻い潜ってエスカレーターに乗ったまどかだったが、十五年前から様変わりしたのは街並みだけでは無いことを知ったのだった。
「うそ。閉店してる……」
エスカレーターから降りて仙台駅の一階に辿り着くとすぐ目の前にあるはずのスープパスタのお店だったが、そこにあったのは知らないお店であった。
慌ててスマホで調べると、まどかが行きたかったスープパスタの店は約一年前に閉店しており、跡地にはハワイアンフードやデザートを提供する会社が手掛けるマラサダやポキ丼のお店が建っていたのだった。
(ううっ。ショック……あのお店のスープパスタが大好きだったのに……)
数日前にまどかが閲覧した旅行客のブログには書かれていなかったが、改めて店名で検索するとそこには「閉店」の二文字がはっきりと表示されていた。原材料の価格と人員不足による閉店らしい。
(ということは、朝ごはんどうしよう。スープパスタを食べるつもりだったから、新幹線の中で食べたパン一個だけじゃ昼まで持たないよ)
困ったと考えていたまどかだったが、そこに空腹を刺激するような濃い油と砂糖の混ざった匂わせが漂ってくる。
それはスープパスタのお店の場所に新しく開店したハワイアンフードのお店で揚げるマラサダの匂いで、店の窓からは店員が暑そうに額に汗の玉を浮かばせながらマラサダを揚げているところだった。
(マラサダってハワイのデザートだっけ。日本ではあまり見かけないから珍しいかも……)
お店の壁際にメニュー表が置いてあったので眺めると、約十一種類のマラサダと十七種類前後のポキ丼を取り扱っているようで、その中には季節限定や仙台限定のずんだを使ったマラサダも二種類あるようだった。
(ずんだのマラサダってどうなんだろう。揚げドーナツにずんだをつけて食べるようなものだよね。油を使ったお菓子とずんだの組み合わせってあまりないから気になる……)
ずんだと言えば、正月に餅と食べたり、饅頭やどら焼きの中に入っているような和菓子との組み合わせが定番だ。
洋菓子と組み合わされているものも見かけるが、外国のお菓子に使われているところはあまり見たことがない。
(せっかくだから、食べてみようかな……)
展示会の前に福島支店の針生さんと合流するが、待ち合わせの時間にはまだ時間がある。仕事前に少しくらい腹ごしらえするのも悪くない。
そう考えたまどかはマラサダの列に並んでずんだ味に加えて気になったハワイアンカスタードクリーム味も注文すると、スマホでの撮影もほどほどに隣のイートイン席に向かう。いかにも出勤前の会社員や観光客たちがマグロがたっぷり載ったポキ丼を食べている横で、熱々のマラサダを頬張ったのだった。
(んんっ~! 甘い!!)
まずはずんだ味を一口。濃い油と砂糖の匂いが鼻を抜けて、焼き立てパンのようにふわふわした生地が口の中に溢れる。ずんだ特有の枝豆のほんのりとした甘さが、マラサダの表面にまぶされた砂糖との相乗効果を得たことで、口の中でますます甘く蕩け合う。菓子パンよりも甘いこのマラサダは朝食向けというより、おやつと言うべきだろう。とにかく甘い。一緒にコーヒーを注文しなかったことを後悔するくらいに甘く口中に残り続ける。
マラサダの生地そのものは揚げたてのドーナツで馴染みもあるが、揚げドーナツのずんだ味というのはこうも甘ったるいものになるのかと考えてしまうほどに「甘い」という感想以外は何も思い浮かばなかった。
(ということは、このカスタードクリーム味も……?)
最初のずんだ味のマラサダの強烈な甘さが尾を引く中で、恐る恐るカスタードクリーム味を口にする。しかしこちらはどこにでもあるような甘さ控えめのしっとりしたカスタードクリームの味であった。
(このカスタードクリームは美味しいかも! 甘ったるくないし、マラサダのパン生地の甘さとバランスが取れているから、味にしつこさがない!)
指先を油でベタベタにしながら、カスタードクリーム味のマラサダに齧りつく。
マラサダの中にぎっしりと詰まったカスタードクリームが時折こぼれそうになって、その度にクリームを舐めとっていたからかまどかの口の周りはすっかりカスタードクリームまみれだ。紙ナプキンで拭きつつ、一人で食べに来て良かったと安心する。
先程までのうんざりするような甘さとは打って変わって、卵の香りがするカスタードクリームとマラサダそのものの甘い味付けの調和がとれているからか、菓子パン並みのほど良い甘さをなしている。これなら朝でも食べられそうだった。なんとなく学生時代に通ったドーナツチェーン店のカスタード味のドーナツを思い出す。
コーヒーが恋しくなるのは相変わらずだったが、食べやすいという点ではこのカスタードクリーム味が一番であった。物珍しさで言えば、仙台名物のずんだを使ったマラサダだろうが。
(このマラサダも、これから仙台の名物になるのかな……)
利用者が多い都市部の仙台駅だけあって、店の移り変わりや競争の激しさもあるだろう。まどかが食べたがっていたスープパスタのお店のように、社会情勢や働き手の問題で閉店せざるを得ない事情もあるかもしれない。
たとえ一過性のものだとしても、こうして誰かの記憶や思い出に残って時折懐かしまれるのものになれるのなら、それもまたその土地でしか味わえない「名物」と呼ばれるものになるのだろう。知る人ぞ知るものになろうとも。
(甘ったるいなんて言ったけど、この甘さも恋しくなる日が来るのかな)
マラサダを食べ終わったまどかは、その足で今度は仙台の名物として全国的に知名度が高いずんだ味のシェイクを買うとマラサダの店の反対側にある東口に向かう。
さっきまでコーヒーが欲しがっていたはずの口は、すっかりずんだ味を恋しがっていたのだった。
◆◆◆
時刻は午前九時を回ったところ、平日の新幹線ホームは人もまばらだった。福島支店の人との合流は午後からなので、先にホテルにチェックインして荷物を置くつもりだったが、その前にまずは朝食だった。
結局何を食べるか決められなかったが、仙台に来て最初の料理はこれと決めていた。
(あのお店のスープパスタだけは、もう一度食べたかったんだよね)
新幹線乗り場の中央改札口から出て、仙台駅の三階に出るとすぐさま目の前のエスカレーターを降りて一階に向かう。目的地は地元民ならみんな知っているスープパスタのお店。
とろりとしたクリーミーな濃厚スープに絡める硬さが絶妙なパスタが絶品で、ベーコンやアサリといった具材の旨みもスープに溶け込んでいてボリューミーで食べ応えがある。
子供の頃、両親に連れられて何度か行ったが、このお店に匹敵するようなスープパスタには未だ出会えていなかった。
唯一無二のスープパスタを食べるまたとない機会。このチャンスを逃したくないと自然と足が速くなる。
通行人の隙間を掻い潜ってエスカレーターに乗ったまどかだったが、十五年前から様変わりしたのは街並みだけでは無いことを知ったのだった。
「うそ。閉店してる……」
エスカレーターから降りて仙台駅の一階に辿り着くとすぐ目の前にあるはずのスープパスタのお店だったが、そこにあったのは知らないお店であった。
慌ててスマホで調べると、まどかが行きたかったスープパスタの店は約一年前に閉店しており、跡地にはハワイアンフードやデザートを提供する会社が手掛けるマラサダやポキ丼のお店が建っていたのだった。
(ううっ。ショック……あのお店のスープパスタが大好きだったのに……)
数日前にまどかが閲覧した旅行客のブログには書かれていなかったが、改めて店名で検索するとそこには「閉店」の二文字がはっきりと表示されていた。原材料の価格と人員不足による閉店らしい。
(ということは、朝ごはんどうしよう。スープパスタを食べるつもりだったから、新幹線の中で食べたパン一個だけじゃ昼まで持たないよ)
困ったと考えていたまどかだったが、そこに空腹を刺激するような濃い油と砂糖の混ざった匂わせが漂ってくる。
それはスープパスタのお店の場所に新しく開店したハワイアンフードのお店で揚げるマラサダの匂いで、店の窓からは店員が暑そうに額に汗の玉を浮かばせながらマラサダを揚げているところだった。
(マラサダってハワイのデザートだっけ。日本ではあまり見かけないから珍しいかも……)
お店の壁際にメニュー表が置いてあったので眺めると、約十一種類のマラサダと十七種類前後のポキ丼を取り扱っているようで、その中には季節限定や仙台限定のずんだを使ったマラサダも二種類あるようだった。
(ずんだのマラサダってどうなんだろう。揚げドーナツにずんだをつけて食べるようなものだよね。油を使ったお菓子とずんだの組み合わせってあまりないから気になる……)
ずんだと言えば、正月に餅と食べたり、饅頭やどら焼きの中に入っているような和菓子との組み合わせが定番だ。
洋菓子と組み合わされているものも見かけるが、外国のお菓子に使われているところはあまり見たことがない。
(せっかくだから、食べてみようかな……)
展示会の前に福島支店の針生さんと合流するが、待ち合わせの時間にはまだ時間がある。仕事前に少しくらい腹ごしらえするのも悪くない。
そう考えたまどかはマラサダの列に並んでずんだ味に加えて気になったハワイアンカスタードクリーム味も注文すると、スマホでの撮影もほどほどに隣のイートイン席に向かう。いかにも出勤前の会社員や観光客たちがマグロがたっぷり載ったポキ丼を食べている横で、熱々のマラサダを頬張ったのだった。
(んんっ~! 甘い!!)
まずはずんだ味を一口。濃い油と砂糖の匂いが鼻を抜けて、焼き立てパンのようにふわふわした生地が口の中に溢れる。ずんだ特有の枝豆のほんのりとした甘さが、マラサダの表面にまぶされた砂糖との相乗効果を得たことで、口の中でますます甘く蕩け合う。菓子パンよりも甘いこのマラサダは朝食向けというより、おやつと言うべきだろう。とにかく甘い。一緒にコーヒーを注文しなかったことを後悔するくらいに甘く口中に残り続ける。
マラサダの生地そのものは揚げたてのドーナツで馴染みもあるが、揚げドーナツのずんだ味というのはこうも甘ったるいものになるのかと考えてしまうほどに「甘い」という感想以外は何も思い浮かばなかった。
(ということは、このカスタードクリーム味も……?)
最初のずんだ味のマラサダの強烈な甘さが尾を引く中で、恐る恐るカスタードクリーム味を口にする。しかしこちらはどこにでもあるような甘さ控えめのしっとりしたカスタードクリームの味であった。
(このカスタードクリームは美味しいかも! 甘ったるくないし、マラサダのパン生地の甘さとバランスが取れているから、味にしつこさがない!)
指先を油でベタベタにしながら、カスタードクリーム味のマラサダに齧りつく。
マラサダの中にぎっしりと詰まったカスタードクリームが時折こぼれそうになって、その度にクリームを舐めとっていたからかまどかの口の周りはすっかりカスタードクリームまみれだ。紙ナプキンで拭きつつ、一人で食べに来て良かったと安心する。
先程までのうんざりするような甘さとは打って変わって、卵の香りがするカスタードクリームとマラサダそのものの甘い味付けの調和がとれているからか、菓子パン並みのほど良い甘さをなしている。これなら朝でも食べられそうだった。なんとなく学生時代に通ったドーナツチェーン店のカスタード味のドーナツを思い出す。
コーヒーが恋しくなるのは相変わらずだったが、食べやすいという点ではこのカスタードクリーム味が一番であった。物珍しさで言えば、仙台名物のずんだを使ったマラサダだろうが。
(このマラサダも、これから仙台の名物になるのかな……)
利用者が多い都市部の仙台駅だけあって、店の移り変わりや競争の激しさもあるだろう。まどかが食べたがっていたスープパスタのお店のように、社会情勢や働き手の問題で閉店せざるを得ない事情もあるかもしれない。
たとえ一過性のものだとしても、こうして誰かの記憶や思い出に残って時折懐かしまれるのものになれるのなら、それもまたその土地でしか味わえない「名物」と呼ばれるものになるのだろう。知る人ぞ知るものになろうとも。
(甘ったるいなんて言ったけど、この甘さも恋しくなる日が来るのかな)
マラサダを食べ終わったまどかは、その足で今度は仙台の名物として全国的に知名度が高いずんだ味のシェイクを買うとマラサダの店の反対側にある東口に向かう。
さっきまでコーヒーが欲しがっていたはずの口は、すっかりずんだ味を恋しがっていたのだった。
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