ふるさとの味を巡る五つのひとりメシ〜仕事で帰った仙台でもう一度故郷を好きになる〜

「ただいま」

 少しだけ残業したその日の仕事が終わって、迎えてくれる人が誰もいないワンルームのアパートに帰ったまどかは、着替えもほどほどにすぐさま帰り道のコンビニで買ってきた缶ビールと値下げシールの貼られたワンカップのサラダと惣菜を丸テーブルに広げる。
 キンキンに冷えた缶ビールのプルトップ缶を開けると、片足を立てて豪快に飲んだのだった。

「ぷはっ……! やっぱり仕事終わりのビールって最高!」

 サラダや惣菜で適当に夕食を食べながら何気なくテレビの電源を入れると、地域グルメを紹介するバラエティー番組が放送されていた。
 大きく映し出されたのは宮城県の地域グルメである笹かまぼこで、紹介していた人は宮城県出身の芸能人だった。

『最近では笹かまを自分で焼いて食べられる体験型ランチが増えてきたんですよ! ランチに付く形で笹かまのブュッフェを始めたお店もあって、笹かまの食べ比べもできるようになりまして……』

 いつもなら仙台に関する情景や料理を目にした途端にすぐにチャンネルを切り替えてしまうが、この日ばかりはどうしてもリモコンに手が伸びなかった。
 急に予定が入った仙台出張の話が頭にあったからかもしれない。

「笹かま、昔は好きだったな……」
 
 東海林まどか。恋人なしの独身。年齢は二十七歳。出身は宮城県仙台市。
 両親と関東地方に引っ越してからそろそろ十五年が経とうとしており、今は実家を出て会社近くの安アパートで一人暮らしをしている。
 同級生たちの結婚ラッシュが続いて両親からも結婚を急かされているものの、それを尻目に独り身のまどかの唯一の楽しみは休日のソロ活であった。
 一人で美術館やクラシック鑑賞に行って、本を片手にカフェでひとり飯を堪能するのが細やかな贅沢。
 人気ラーメン店の行列に並んで一人ラーメンを味わい、その足で映画館に行って適当に映画を数本を観た帰り道に一人焼肉でキンキンに冷えた生ビールと肉汁が滴るジューシーな熱々お肉に舌鼓を打って、また一週間の英気を養うのが最近のマイブーム。
 大学四年時の卒論と就活のストレスに耐えかねて始めた一人カラオケでのストレス発散がきっかけとなって活動の幅を広げたソロ活だったが、今ではすっかりまどかの生き甲斐となっていた。
 社会人になって今の職場に転職してからは、長期の休みに一人旅行に行くのも慣れたものだった。
 ゴールデンウィークには大阪に観光で行って、そのまま飛行機で札幌に飛んで一泊して帰ってくる一人弾丸ツアーもした。
 その話を友人にすると「寂しくないの?」と聞かれるが、全く気にしていなかった。

「全然。だって一人の方が身軽で自由に動けるから」

 自分の食べたいものを自分のタイミングで食べて、歩きたいところを歩く。そして疲れたら休んで、また行きたいところに行く。
 急な予定変更も自由で、誰かに「次どうする?」と相談する必要や迷惑をかける心配もない。
 ソロ活はまどかにとって自由そのものだった。
 そんな一人旅行が平気なまどかでもどうして行けなかった場所がある。それが生まれ故郷の仙台だった。
 まどかが小学生の頃まで住んでいた仙台は住みやすい土地だった。
 太平洋に面しており、泉ヶ岳や蔵王連峰などの山にも恵まれている。雪解け水と程よい気候を生かして栽培される農作物は絶品で、特に米においては高品質な上に味や風味、食感も見事な品種が数多く存在していた。
 漁業や畜産業も盛んで三陸沖で獲れる身がプリプリした牡蠣や魚のすり身を笹の形に加工した笹かまぼこを始めとして、仙台牛を使った牛タンは全国的に知名度が高い。甘味では枝豆に砂糖で味付けしたずんだも有名で、宮城県内に関わらず関東地方にもずんだ好きの人が一定数いて驚いたくらいである。
 ほどほどに拓けた都市部ながらも秋保温泉や鳴子温泉郷などの温泉街もあり、仙台駅からバス一本で行ける仙台城跡や瑞鳳殿、日本三景の一つである松島も観光地として人気を誇っていた。
 毎年八月には仙台七夕まつりが開催されて、仙台中心部の商店街やアーケード内には彩り鮮やかな七夕飾りが並ぶ中を浴衣姿で練り歩くのも非常に楽しかった。
 ただそれも十五年前のとある出来事の時まで。あの日に仙台を始めとして宮城の各地は大きな転機を迎えた。
 子供心にも忘れられない一変した重い空気と尋常じゃない大人たちの様子、あの日の灰色の空と同じようにどんよりと重くまどかの心にのしかかっている。
 失ったものは数多くあったが、新しく得たものもいくつもあった。
 まどかの父親はその出来事で会社を転勤することになり、家族を連れて関東地方に移住してからは今でもその会社に勤めていた。母親も最初こそは「少しの間だから」と繰り返していたが、その「少し」はずっと来ないまま今ではすっかり関東地方での暮らしに慣れたようだった。
 そしてまどかは引っ越してきた事情から最初こそ周囲から遠巻きにされていたが、時間と共に風化して友人もできて満足した生活を送っていた。
 それでも脳裏には十五年前の出来事で再起不能なまでにボロボロになった宮城の姿と、人々の嘆く声が忘れられずにいる。
 小学校の体育館で寒さと恐怖で震えていた中で、這々の体の母親が迎えに来てくれた時の安堵と歓喜で流した滂沱の涙は何十年経っても決して忘れないだろう。

「そうだ。仙台で何を食べよう」
 
 やがて夕食を完食したまどかが最初に考えたのは、ずっと避けていた仙台への不安や始めて任された福島支店との仕事よりも、仙台で食べる食事のことだった。
 仙台には美味しいものが山ほどあるのは、かつて暮らしていたまどかなら当然知っている。
 米、肉、魚、野菜。どれを食べても損は無いが、限られた時間で全て食べるのは難しい。
 関東地方に引っ越してから知ったが、実は仙台の名産品や名物料理を専門に取り扱うお店はまだまだ少ない。
 アンテナショップの数も限られており、少なくともまどかの近隣には存在しなかった。
 そもそも越してから十五年も経っていれば、名物料理にも変化があるかもしれない。
 昔から変わらない郷土料理を取るか、新古入り乱れる名物料理を選ぶか、悩ましいところである。

「ちょっとくらい調べてみようかな」

 スマホを手にすると検索欄に『仙台 ひとりご飯』と入力する。
 旅行者のブログや飲食系インフルエンサーのSNS投稿、飲食店の口コミサイトなどを何十件も眺めているうちに、夜はどっぷりと暮れたのだった。

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