物語を盛り上げるため、作者はキャラ能力値の設定にかなり配慮していると思う。
度胸、記憶力、勘の良さ。
対人関係を意のままに操るスキルは、学校という狭い世界で無敵の力となる。
創作者の憧れや希望を一身に受けた贔屓キャラが美能で、名前も付けてもらえないモブ男子が俺なんだと思う。
ゆるく波打つミルクティーカラーの髪をきゅっと高い位置で結んだ彼女は、今日も青春ドラマの主役として輝いている。
学校帰りのファミレスに俺たちが集まるのは2回目だ。
「美能と笠見に参加してもらえるのはすっごくありがたいけどさぁ。時間もあんまないし、優勝は目指さなくてよくない?」
テスト範囲が伝えられる前からコツコツ勉強しておかないと追いつかない。
授業態度や提出物で日々の評価を積み上げておかなければ不安になる努力型の俺と違って、神北は要領良くテストで上位を取っていた。
集積回路や収集力が優れている奴はいいなとこれまで思っていたが、やり方が異なるだけでこいつも事前準備を怠っていなかったのだろう。
美能と笠見が手分けして作成してくれた予想問題集は分厚く、決勝戦を想定したものだった。
人数合わせの参加を呼びかけた神北は、数日でこれが頭に入るわけがないとめずらしく弱気になっている。
今週末の夏祭りで開催されるクイズ大会は、地元の歴史や地名などローカルネタにこだわり、ご当地問題を出す傾向がある。
素人参加型のため、ある程度は定番クイズも混ぜこむようだが、ご当地問題の配点を捨てれば敗退が確定する。
「他のチームは色々と作戦練ってきてると思うんだよね。地元高校チームが初戦敗退なんて盛り下がるでしょ。西尾高校の名前を出すからには結果を残せって先生たちも激励してくれたよ〜」
にこにこと笑いながら退路を断つ美能は策士である。
町内会主催のクイズ大会は、今回で記念すべき30回目を迎えるらしい。
賞品も企業の協賛のおかげで、俺の想像より豪華な物ばかりだった。
ちなみに神北は優勝賞品のゲーム機がガチで欲しいらしい。
上位賞は電化製品やテーマパークのチケットなど、画面映えするものが準備されている。
「美能と笠見がいるなら、初戦突破はかたいって! オレたちが頑張ってもさぁ……」
頭脳派二人が手分けして作ってくれた問題集は本格的で、内容も充実していた。
資料を集め、分析して予想問題を考えてくれた彼らの行動力はすさまじい。
人数合わせの参加だと思い気楽に構えていた俺とこの二人では熱量に差がありすぎる。
テスト期間とかぶってはいないが、俺の記憶容量なんて微々たるものだ。
本番までに時間もあまりないので、問題集を繰り返しやっても正答率を上げられる自信はなかった。
「解答権はひとり3回まで。私たちだけ答えても勝てるとは限らないんだよね。それぞれの得意分野を考慮して、個別に問題集を作ってあるの! それさえやってくれたら大丈夫!」
人差し指を左右に振って断言する美能は、出来のよくない生徒の苦悩を理解していない。
はあとため息をつく俺と神北に、笠見が言葉をつけ加えた。
「例年、選択問題が必ず出題されている。特産品の味の違いやプロの演奏の聴き分けは勘で答えるしかない。正答率は4人でそれほど差が出ないはずだ」
「笠見ぃ、お前のこと誤解してたわ。今のナイスフォロ──! なんかがんばれる気がしてきた!」
「単に事実を述べただけだが?」
いまのやり取り、なんか戦隊モノっぽかったな。
のんきなことを思いながら、せっかく作ってもらった問題集をめくる。
難しい数式が並んでいるわけではないけれど、産まれた時から住んでいても知らないことの方が多かった。
やる気を取り戻した神北は、声に出して問題を読み、必死に何かを書き込んでいる。
発声と記述をプラスするのは勉強の基本だ。俺も神北を見習ってやってみよう。
クイズ研究会の活動は、こんな感じなんだろうか。
このメンバーで集まって何かに取り組むなんて考えたこともなかった。
「今年の花火はいつもより見ごたえあるらしーよ。去年とか体感で五分しかあがらなかったとかネットでも騒いでたもんね」
「5分は言いすぎだって! 花火って寄付金とか集めるの大変そうじゃん。見られるだけでラッキーなのにな」
花火について語っているなら、昔のことを話題にしても不自然ではない。
この機に乗じて聞きたいことをぶつけてみよう。
そう思い言葉を組み立てる前に、美能が笠見に問いかけた。
「かさみんはどーだった? キミの家の方向なら家からも花火がバッチリ見えそうだよね」
「久坂たちに誘われたから会場で見た。有料ゾーンがないのは良心的だという声なら聞いたな」
入場料を払わなければベストポジションが確保できない花火大会も増えている。
早めに場所さえ押さえておけば鑑賞できる昔からのシステムは、地元民と観光客が喜ぶだろう。
「かさみんはにぎやかなイベントとか、避けるタイプかと思ってた。ンあー、ダメだ。そういう偏見、良くないっていっつも思ってんのに」
「別に構わない。他者に関心を抱いてイメージするのは、ごく普通の好奇心の範疇だろう」
自分を戒める気遣いに、自然と気遣いを返す理想的な場面。
いいものを見せてもらったせいで、頬がゆるんでフヒヒと変な声まで出てしまう。
間抜けな笑い方だったはずなのに、素晴らしい絵画に目を奪われた顔をする笠見には恋というフィルターがかかっている。
俺は神北や美能と違って、華もなければ固有グラもない青春ドラマのモブなのに。
小学一年生の夏、俺は亀田山祭で連れとはぐれた。
携帯なんて渡されてなかったし、一緒に来た親と従兄弟の姿が見えなくて、人混みをかき分けるように歩くしかなかった。
自分が動くから見つけてもらえないのかもしれない。
そう思って、露店が並ぶ通りから外れ、亀がたくさんいる池の傍に立っていたけれど、俺の名を呼ぶ声はいつまで待っても聞こえなかった。
『一緒に来た大人は?』
ざくざくと足音を立てて近づいてきた子供は、戦隊ヒーローのお面をかぶっていた。
『……わ、わからな……』
お面を頭の方にずらして顔を見せてくれた男の子は俺より背が高く、口調もしっかりしていた。
年は2つか3つ上だろうとその時思った。
すうっと差し出された手をとっていいのかわからずもたついていると、彼は自分の浴衣をつまんで提案する。
『どこでもいいから、俺の服を持ってついてきてくれ。本部まで行けば、迷子のお知らせとか大人が考えてくれるだろ』
それから、本部に連れて行ってもらった俺は親や従兄弟と合流することができた。
それを見届けて行ってしまったお面の子に感謝は伝えていない。
このあたりに住んでいるなら、またどこかで会えるかもしれない。
今年は祭りに来ているかもしれない。
そう思ったのに去年の夏も恩人は見つけられなかった。
互いに成長してしまったから、すれ違ったり、ぱっと見ただけでは気づかないだろう。
だから、恩人探しはあきらめかけていたのに、同じクラスになった笠見を毎日見かけるようになって、あの時のお面の子じゃないかと思い始めた。
今の笠見はお祭りでお面をかぶるタイプではないけれど、俺と同じ7歳くらいならイベントでテンション上がってもおかしくない。
成長した分、ツンとしたミント成分が強めにはなっているが、完成された顔の造りはそれほど変化してなかった。
笠見は、俺があの時の子だとおそらく気づいてない。
自分で言うのも変だが、昔の俺はきゅるきゅるでかわいい感じだったからだ。
「そ〜いえば、去年の映像見てたらグループでおそろいのTシャツとか着てたよ。私たちも浴衣とか着ちゃおうよ!」
「……反対だ。学生なら制服での参加がベストだろう」
「えー? 神北となっちの浴衣、みんな見たいんじゃないかな」
夏服の露出度でカーディガンが必要となる俺が、季節の解放感マックスな衣装を着られるはずがない。
去年と同じなら撮影スタッフも来るので、今日と同じ格好が無難だ。
他のメンバーの夏限定衣装を見たい人間は多いだろうが、笠見がそれを許容するとは思えない。
「ステージの上は照明とかで暑いから、なっちも半袖じゃなきゃ倒れるよ? その点、浴衣なら涼しいし透けないんだけど」
俺の体調重視だと言ってくれる美能に、笠見は反論しづらいようだった。
「優勝は難しいだろーけど、参加するなら納得する結果を残したいじゃん。色々、心配してるようだけど、なっちの過ごしやすさを最優先しなよ。汗だくの制服姿を撮られてもいいの?」
「オレは浴衣に一票! なんか夏っぽくていいよな!」
二人にじっと詰め寄られて、笠見はため息をつき妥協した。
「……お前らの好きにしたらいい」
「やった~! じゃあ何色のを着ようかな。画面映えも考えたいから、それぞれの浴衣の色教えてよ」
話題が変わり、疑問を投げかける勢いを失った俺は、彼らの会話にそっと加わった。



