恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……突如としてあらわれた、『一年生』の転入生。

 しかも彼女は『放送部員』。
 いや、『実行委員(代理)』として。
 わたしたちと一緒に……修学旅行に参加する。



「じゃぁ一旦解散! 十分後にホームに移動するからねっ!」
 駅での出発式を、佳織(かおり)先生が仕切り終えると。

千雪(ちゆき)〜っ!」
 わたしたちの周りを、女子の群れが取り囲む。


「ねぇ、暖花(ほのか)ちゃん!」
「お願い! 一緒に写真撮ろう!」
 少し、訂正。
 囲まれているのは『新入り』の暖花と。

「か、かわいいぃ〜!」
「目線、こっちもお願いします!」
 あと安定のアイドル、三年生の姫妃(きき)ちゃんのふたりのようで。

 わたしはそのにぎやかな輪からそっと離れて。
 少し遠くの柱に……『わけあって』避難する。



「よっ、千雪!」
「えっ?」
「千雪ちゃーん、なにしてるのかなー」

 これも、訂正。
 わたしはわたしで。
 古巣のバレー部の女子たちに……囲まれた。


「な、なにか用かな?」
「別にぃ〜」
「暖花ちゃんだっけ? 大人気だよねー」
「なに、それ……」

 わたしの声が自然と低くなり。
「もう、わざわざそんなこといいにきたの?」
 口調が思わず、少しだけ強くなる。


「うわっ、千雪がすねてる!」
「おぉっ、ちゃんとこじらせてる!」
 彼女たちはわたしの不満など気にせず。
 極めてご機嫌に、からんできてから。

「千雪、がんばれ」
「応援してるからね」
 今度は声を落としつつ、もっとわたしに近づいてくる。


「な、なんのこと……」
「またまた〜、これだよこれ」
 彼女たちはわたしの『それ』に、そっと触れると。

「気づいてもらえると、いいね」
 耳元でささやいてから、ニコリとする。



「余計な……お世話だし」
「そうなの? あ、海原(うなはら)君!」
「ウソっ!」

 ……からかわれたのだと思ったら、本当に彼が近くにいる。

「あ、あの。そろそろ移動の準備かなって」
 親切にも、わざわざ知らせにきてくれただけなのに。

「海原君!」
「どうぞ千雪を、よろしくっ!」
 おせっかいな彼女たちは、キャーキャー叫びながら。
 あわただしく消えていく。


「あ、朝から元気だね」
「……だ、だね」
 どうしよう、これは完全に不意打ちで。
 わたしはまだ……心の準備ができていない。


 ……でもいまは、誰もいないのだから。


「あ、あのね……」
 わたしは、おそるおそる。

 右側を向けて話していた頭を動かして。
 左側の耳元の『それ』が見えるように、さりげなく。

 いや。実際はこれでもかというくらい、ぎこちなく。
 髪の毛につけたばかりの『それ』を、見せてみる。



「クリップ……じゃなくてバレッタだっけ」
「えっ?」
 海原君が、どうしてそんな単語を知ってるの?

「こ、これね。パールビーズっていうんだよ!」
 時折ピンクとか、緑の小花の混ざった。
 この日のための、ヘアクリップ。


「あと、これだけじゃなくてね」
 海原君にそんな知識があるなんて驚きだけれど。
 
「旅行中に、ほかのデザインのもつけるから!」
 いまのわたしは、種あかしをしてでも彼にあらかじめアピールしておきたくて。

「だから、楽しみにしておいてね!」
 恥ずかしいけれど……一気に口に、してしまう。



「じょ……『女子力アップ』の『マストアイテム』だよね」
「えっ?」
「いや、『コーデ』の『アクセント』に『こぶし』がきくよね」

 ……なに、そのぎこちない響き? しかも最後のって、演歌かなにか?

「海原君、説明して」
「え、えっと……」

 この彼が使う言葉にしては、あまりに不自然な単語の羅列に。
 そのカラクリを知ったわたしは……ガクリと脱力してしまう。


「実は、『藤峰(ふじみね)先生』がね」
 いまこそ、女子のお金をかけるところを学ぶチャンスだからと。

「いい? しっかり観察するんだよ!」
 生きた見本として、佳織先生みずから『修学旅行スペシャル』で。
 新品のバレッタをつけるから、必ず気づけと。

「おまけに旅行の『しおり』に、毎日観察メモまで残せって?」
「きっと先生、暇なんだと思う」
「そ、そっか……」


 ……それって、わたしも『同類』ってことなのかな?


 ただの『暇人』あつかいされたわたしが。
 力なく耳元のそれに……手をのばしたところ。



「……つ、つけておきなさい千雪」
「えっ?」
 いきなり月子(つきこ)ちゃんが、あらわれた。


「な、なにかしら千雪?」
 もしかして、月子ちゃん。
 わたしたちの会話を……聞いていたとか?

「海原くんを呼びにきたら、たまたま聞こえただけよ」
 素直なときは、とことん素直な月子ちゃんは。
 そういってわたしに答えたものの。

 ……その『不自然な右手の位置』は、なんなのだろう?

「聞こえたわよね、海原くん」
 その右手で隠せていない耳元が、なぜだか真っ赤になっていて。
 どうにかして彼に気づかれぬようにと。
 彼女がやや悲鳴まじりの声で、訴える。


「は、はい」
 素直、いやむしろ『鈍い』彼があわてて動いて。
 ふたりの会話が聞こえない距離になったところで。

「ところで月子ちゃん、その手はなんですか?」
 わたしは『見せてほしい』と、話しを振る。

 ……さすがに、デザインは違うのだけれど。

「かわいいですね、それ」
「ち、千雪のも似合っているわよ」


 ……どうして月子ちゃんとわたしが、こんなことを話しているのだろう?


「まさか四つも、あるんですか?」
「三泊四日あるのよ、あたりまえじゃない」
「ですね」



 ……でも、とっても楽しいな。




 ようやく出発したわたしたちが、改札を抜けた先の階段を。
 月子ちゃんと並んでのぼる、その瞬間。
 真新しいヘアクリップが朝日に照らされた。

「なんだか、まぶしいね〜」

 そういって笑う佳織先生の隣で、あの彼は。
 あわてて『先生の』耳元をのぞいている。




「海原君の、バカ」
「え?」

 小さくため息をついた、月子ちゃんの分もふくめて。
 わたしは、かすかながら本人に聞こえる程度には。


 見るべき場所が違うと……つぶやいた。