恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


高嶺(たかね)由衣(ゆい)さん、はじめまして」
 その女の子は、敵意ゼロのほほえみを浮かべてから。

一碧(いっぺき)暖花(ほのか)と、申します」
 完璧な角度で、丁寧にお辞儀をしてくれたのに。

「まさかの……『新キャラ』?」
 ダメだわたし。
 なにいってんだろう……。



「あのなぁ、高嶺」
 海原(うなはら)があきれたような声をだし。

「気にしないで、『(すばる)くん』」
 一碧さんがやんわり、アイツのことを制すると。

「いや、でも『暖花』……」
 アイツがまた、なれなれしくその子を下の名前で呼ぶ。


 五年連続同じクラスで、ずっと隣の席にいたはずなのに。
 その子の名前は……ただの一度も聞いていない。

 少なくとも平日、いや授業があるから土曜日も。
 おまけに放送部にはいってからは、ほとんどの日祝日を含めて。
 わたしは海原と……割とずっと一緒にいたはずなのに。


 ……その子の名前を、一度たりとも聞いてはいない。


「あの。いったい海原と、どんな関係なんですか?」
 それは、いつものわたしならいつでも聞けそうな。
 極めてシンプルな質問のはずなのに。
 いまはなぜだか、とっても聞きにくい。 



「ほら、『昴くん』?」
「えっ?」
「……だから、わたしの紹介」
 すると賢そうなその子が、『鈍い』アイツにヒントをだすけれど。

「『暖花』、どういうことだ?」
「もう、そこは気づこうよ」
 このバカにはちっとも通用しない。

「あ、もしかして?」
 でもそのおかげでわたしは。
 自力で『答え』に……たどりつけた。


「『幼馴染』じゃない?」
 少し上ずったわたしの声に。

「へ?」
 間抜けなアイツの、声が続く。


「……話して、なかったっけ?」
 あのさ。いったい、いつのこと?

「聞いてないなー」
 こうなったら、あとで思いっきり。
 絶対アイツに文句をいうと決めたわたしは。

「じゃぁ『暖花さん』が、幼稚園のときとか?」
 なんとか愛想よく振る舞おうとして。
 それから……『面倒なこと』に巻きこまれた。




「……小学校のときです」
 うわっ、声低っ。

「そ、そっか」
「あとですね。『暖花』でいいですよ、『由衣ちゃん』」
「え?」

「ひとつ下の学年なんです、わたし」
「そ、そうなの?」

「それに、シリーズ全作品読んで予習してきました」
 ん? どういうこと?

「だからぜひ、『由衣ちゃん』とお呼びしたいです」
 ごめん……それは意味がわからない。


「すぐに、わかりますよ」
 いまはそれ以上聞かないでという迫力に押されて。
「う、うん。そうする……」
 思わずわたしが返事をすると。

「では、暖花と由衣ちゃんに決まりです」
 よくわからないけれど……仕切られた。



 続いて暖花はアイツに向かって。
「あと『昴くん』は、『昴先輩』に変えてあげるね」
 ひとりでどんどん、話しを進めていく。

「え、なんで?」
「だってそのほうが、青春っぽい感じがするでしょ?」
「へ?」
「それと昴先輩は、引き続き暖花って呼ばせてあげる・ね」
「へっ?」

「よし、全部決まりっ!」
 あかるい声と、その笑顔は。

 ……もしかして暖花、最初から狙っていたとか?

「由衣ちゃん、どうかしました?」
「う、ううん」


 ……あぁ、そうか。


 あらわれたのが、『ただの幼馴染』だと思ったけれど。
 作者のひとが……『面倒なの』を増やしたのか。

 いまさらでてきた『新キャラ』なんだし、先に気づくべきだったと。
 わたしはようやく、理解したけれど。

 ただこの子は、そうはいっても『他校生』なので。
 この場をしのげば……『たまに』登場するだけで済むはずだ。



 ……だったらここは、気持ちよく送りだそう。



「ところでその制服、どこの学校?」
 そんなわけで、わたしは暖花に話しを振ったのだけれど。

「そうなの? めちゃくちゃ距離あるじゃん!」
 それは本当に、遠くの女子校だった。


 ということは……スーツケースなのは旅行中ってことだよね?

「ひとり旅とか、すごいね」
 動機は謎だけれど、そこは尊敬。

「いえ……違いますけれど?」
 そうなの? だったら駅で、家族待ちとかなんだろうけれど。
 それ以上はもう、聞かないでおこう。



「ちょっと、海原!」
 ペースを戻せたわたしは。

「ちゃんと、送ってあげなよ」
 アイツに改札まで見送りにいけと、指示をだす。


「暖花、じゃぁまたね」

 ……『たまたま』の再会は、ここでおしまい。

「そ、そうだな」
 よしよし、アンタはそれでいい。


「じゃぁ暖花、いこっか」
 それにわたしは。
 その呼びかたももう……気にしない。



「なら昴先輩、スーツケース運んでくれる?」
「あ、あぁ」
 いいねぇ、海原をこき使うって大切だから。

「ちょっと重いけど、いいよね?」
 暖花もいい味だしてるねとまで。
 余裕の気分で、『見送れる』と思っていた。


「それでは、由衣ちゃん」
「えっ?」

 ……まだ、わたしなの?

「一緒に、いきましょう」
「わたし? べ、別にいいよ」
「いえ、そういうわけにはいきません」


 ……なんで。なんで、わたしも?


「一緒に、いくんです」
 ただ。
 どこかで感じたことのある意志の強さを、その瞳に宿した彼女を見て。

「い、いいけど?」
 わたしは思わず……うなずいた。



 改札口と違う方向に、一碧暖花のローファーの先が向くと。

 ……次の瞬間。

「昴・先・輩」
 彼女の瞳が一瞬、華やいで。



 要するに、これが暖花とわたし。
 いや、暖花とわたしたちとの。




 ……『面倒なこと』の、はじまりとなった。