……修学旅行初日の、朝。
本来の集合時刻より、一時間も前にやってきたにもかかわらず。
駅のコンコースでわたしたち『五人』は。
早速『あの顧問』に……裏切られた。
「月子ちゃん、これ」
どことなく目の座った千雪が。
スマホに届いたという、佳織先生からのメッセージを見せにくる。
読む気にならないわたしは。
「海原くん、お願い」
そのまま彼女のスマホを彼に渡すと。
「『六人』、そろったかな?」
律儀な部長は、先生からのメッセージをわざわざ読みあげる。
「……虚しすぎますね」
「だったら読むな、バカ」
「ええっ……」
寝不足の由衣は、海原くんに容赦がなく。
「でも五人一緒だから、いいんじゃ・な・い?」
意外にも朝型の姫妃が、愛想を振るう。
「海原くん、あとできちんと叱ってちょうだい」
「僕が、ですか?」
「……ほかに誰も、いないじゃない」
あとの電車で、まにあうのなら。
もう一度『制服』に、仕上げのアイロンをかけたかったわたしは。
「修学旅行だからこそ、『折り目』の正しさが大切なの」
「へ?」
彼に思わず、『制服について』熱弁しそうになり。
「と、とにかく。よろしくお願いね」
くる気のない、『六人目』の先生をあてにせず。
準備をはじめようと、うながした。
「オッ・ケー」
「了解しました」
「いくよ、海原」
それぞれが散ったあとの、まだ『ほかの生徒がいない』駅のコンコース。
そこでわたしがふと視線を、離れた柱に向けたところ。
……『かわいい』女子高生と、目があった。
いや、この『かわいい』というのは。
わたしの数少ない趣味でもある『制服』についての感想で。
別にその子の『外見』について、論評したものではない。
とはいえ……その子については。
仮に放送部の中にいたとしても。
十分に、美的存在感を発揮しそうではあるものの。
「他校生なので、関係ないわね」
わたしは心の中で、ボソリとつぶやいた。
そんな彼女は、ごていねいにも。
登校するには不似合いな、大きなスーツケースから少し離れると。
わざわざわたしに、優雅に一礼してくれる。
見知らぬ生徒からの、友好的な行為に対して。
わたしは『社交的に』返礼したものの。
正直なんだか……『嫌な予感』がした。
他人に対して、失礼なものの見方だとは自覚しつつも。
意外とあたる、この予感。
すると彼女は、友人でもあらわれたのか。
ここからでもわかるほどに瞳を輝かすと。
荷物を置いたまま、ゆっくりと歩きだす。
柱が重なり、こちらからは進む先が隠れて見えないものの。
ただそのとき、わたしの中では確実に。
胸騒ぎが大きく……なっていた。
……サンドウィッチ、準備オッケー。
しかも結構……おいしそう。
「よかったな、高嶺」
「でしょ?」
佳織先生が、どうしても必要だからとねじこんできたのは。
移動中の列車で食べる、『軽食(サンドウィッチ指定)』で。
「由衣、あとはまかせたよっ!」
勝手に『選定係』にされたわたしは、そのカタログを熟読した上で。
カツサンドと、あと二種類を用意した。
「絶対、カツサンドがおすすめだからね」
「わかったわかった、先に選んでいいからな」
「えっ、本当?」
「まぁそれくらい……頑張ってるんだしいいんじゃないか?」
……たいていのことに『堅物』なはずのアンタにしては、珍しい。
「じゃぁ海原は、どれにする?」
「別に、残ったのでいいよ」
「それじゃダメだし! わたしが選んであげるから!」
それだと、絶対カツサンドになるといわれて。
「なんでわかるの?」
思わずわたしは、問いかける。
「えっ、違うのか?」
「正解だけど?」
「なんだよ、それ……」
……だって修学旅行だから、楽しみたいじゃん?
実際は『委員会』の仕事が全然追いついていないから。
ただ忙しいだけで、終わりそうな気がするけれど。
アンタやみんなとすごせるなら……それもありにしてあげる。
だからここで少しくらい。
お疲れのアンタに、特別に笑顔でも見せてやろう。
そう思ったわたしが、もう一度顔を海原に向けたその瞬間。
……隣にいたはずのアイツが、いなくなっていた。
「海原?」
突然歩くのをやめたアイツは。
たった二歩だけ、うしろにいる。
「なにしてんの?」
このタイミングでボーッとするとかなしだし。
ちゃんと一緒に、歩いてよ。
「ねぇ聞いてる、海原?」
ただ、アイツの視線は。
わたしとはまったく別の方向に釘づけで。
つられてわたしも……追いかけた。
……誰?
見たことのない制服を着たその子は、文句なしにかわいいけれど。
アイツが『外見』で誰かに見とれるなんて。
絶対……ありえない。
一方の彼女は、海原の視線をたっぷりと受けとめつつ。
ゆっくりとアイツに、近づいていて。
……たった二歩の、距離なのに。
その子とアイツの世界にはいれず。
わたしはその場に……立ちつくす。
……ねぇ、誰なのその子?
その子はわたしのことなど気にとめず。
アイツの前で、ピタリと動きをとめると。
スカートの先が、弾むように何度か踊る。
……その裾があたるかあたらないかの、絶妙な距離。
大きく目を見開いたままの、海原に。
彼女はニコリとほほえむと。
「ひさしぶりだね、昴くん」
ごくあたり前に、アイツの名前を口にする。
……いったいなんなの、その距離感?
「昴くん?」
待ち遠しくてたまらないというその声が。
もう一度なれなれしく、アイツを呼ぶと。
アイツはそのあと、小さくうなずいてから。
わたしが一緒にすごした五年のあいだ。
一度も聞いたことがなかった『その子』の名前を。
迷うことなく……口にした。

