……『五日目』は、でますので。
それが彼なりの気づかいだとは、わかりつつ。
どこかズレた、海原くんのその『鈍さ』について。
わたしはなんというか……思わず絶句していた。
たまたまふたりきりとなった放送室で。
いつのまにか増やされていた『雑務』の山を前に。
わたしは無言で書類を、めくっていく。
自己紹介させていただくと、わたしの名は三藤月子。
放送部副部長を拝命中の、三年一組の生徒である。
それからたっぷり、数分後。
「あ、あの……」
遠慮がちな声だが、わたしより先に声をかけたのは正解としよう。
「なにかしら、海原くん?」
ただ、海原くんの『鈍さ』についてわたしは。
それは基本的には、取り柄だとみなしているものの。
ときにそれが……恨めしい。
「い、『五日目』はでますので」
だからそのセリフは。
海原くん再熟慮の末の言葉だろうけれども。
ポイントがとっても、ズレている。
「……その日は、『代休』なのでしょう?」
助け舟でもどうぞと、差しだしてみたものの。
「いえ、登校して働きます」
彼はなんというか……悲壮感ただようサラリーマンみたいなことを口にする。
「別にどうぞ、ゆっくりお休みください」
「い、いえですから……」
「『学校行事』なので、しかたがないでじゃない」
これは本音だ、彼には一切罪はない。
……ただね、海原くん。
近づいているのは、二年生『だけ』が参加する三泊四日の『修学旅行』で。
あとに続く代休を含めると『五日間』も会えないのは。
あなたが部長になって以来……はじめてのことなのだ。
よってここ数日のわたしは。
決して怒っているわけでも、不機嫌なわけでもなくて。
……この『寂しさ』に、気づいてほしい。
そんなことを……考え続けているのである。
……どうやら、僕はまた。
三藤先輩を……怒らせてしまったらしい。
放課後、放送室にきてみると。
我らが顧問・藤峰佳織によって。
いつのまにかまた『雑務』が増やされていたらしく。
「どういうことなの、海原くん?」
三藤先輩にいきなり、つめよられた。
「せ、先輩が承諾されたのかと……」
てっきり、午後の英語の授業ででも。
先生がひとこと添えたのだと思ったら。
「海原くんの担任でしょう? 帰りのホームルームでいわれなかったの?」
そんなことがあるかと、三藤先輩の目がややつりあがる。
「今週帰りの会は、ありません」
あるのは、一週間連続で日直の僕がプリントを配るくらいで。
「先週も聞いたわよ、それ?」
そういえば先週も僕が……日直をやらされたのだった。
「少しは担任らしく振る舞うよう、仕向けておいて」
三藤先輩は僕に平然と。
あの先生に、仕事をさせろと無茶振りをすると。
「それで、この書類の山をどうするつもりなのかしら?」
軽くため息をついてから、なにかボソリとつぶやいた。
……気のせいでなければ、『修学旅行』といわなかっただろうか?
「あ、あのですね……」
僕としては、この山積みの書類を旅行までに終えるのは不可能なので。
本来代休となる『五日目』は、登校して『雑務』をこなしますと。
僕なりに前向きに答えたはずなのに。
それきり沈黙した先輩はなんだか……怒ってしまったようだ。
……もしかして、『修学旅行先でもやります』とでも答えるべきだったのか?
たとえ『学校行事』だからと甘えず。
また、学校に残る三年生たちに負担のないよう。
僕が旅先でも取り組みますと答えようと思った、その時。
放送室の内線電話がピカピカ点滅して。
三藤先輩が素早くそれに、反応する。
「『海原くん』ですね、承知しました」
三藤先輩の口ぶりからこれは。
間違いなく『新たな雑務』のための、校長室への呼び出しで。
「『修学旅行』の件で、ですね」
しかも結構、タイムリーで。
「わたしも、ですか?」
ただしそこは……ミステリーだった。
「いいかしら、海原くん?」
校長室に向かう際、いつもより少し歩幅の荒い先輩が。
「これ以上、余分なことを増やさないで」
ごもっともなことを、あらためて僕につきつける。
「なにがあっても、断ってもらえるかしら?」
「は、はい……」
三藤先輩の表情は、真剣で。
それから校長室に到着して、ものの一分とたたないうちに。
「じょ、冗談ですよね?」
僕はお先真っ暗だと……絶望したのだけれど。
……隣の先輩のついたため息は。どこか『安堵』したような感じがした。
「承知しました」
「えっ?」
「いいわよね、海原くん」
先輩は先ほど、断れと念押ししてきたはずなのに。
「時間がないので、これで失礼します」
背筋をのばし、それから優雅に……先生たちにお辞儀をする。
「……なにかしら、海原くん?」
放送室への帰り道、その声はなんだかご機嫌で。
「なにも落ちこむことなんて、ないじゃない」
おまけにとっても、前向きで。
三藤先輩の足取りは、なんというか。
いまにもスキップでもしそうなくらい。
とっても……軽やかなものだった。

