恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……『呼びだされた』時刻より、遅れてしまった。


 玄関ホールに急いでいた僕を見つけて。
海原(うなはら)君みっけ!」
 女子バレーボール部の栗木(くりき)若葉(わかば)部長が、いきなり叫ぶ。

「あの……遅れてすみません」
「いいよ! 忙しいよね! わたしもだしっ!」
「へ?」
「だから、あとは陽子(ようこ)とよろしくっ!」
「はい?」

「ちょっと、逃げないのっ!」
 この声は……副部長の春香(はるか)先輩?


「感謝してるよ! ありがとう!」
 栗木先輩は僕にもう一度叫ぶと。
 猛スピードで遠ざかり。

「……もう、逃げられちゃったよ?」
 追うのをあきらめた春香先輩が、隣にくる。



「い、いまのは……?」
「あの面倒な『放送部女子』の前で、よく頑張ったよね」
「へっ?」
「『誰にもいわない』って、大変だったでしょ?」
「ま、まぁ……」

「じゃぁあとは、『あの子』と話しきて」
「え?」


 修学旅行で『中断』されていた例の件について。
 早くしろと、せかされるのかとかと思いきや。

 春香先輩も……もう出番は終わりですか?


「それより。『元』放送部員として、警告するけど」
 先輩は僕にわざわざ強調してから。

「いまさら手をだすとか、なしだからね」
 そういって背中を、ドンと押す。



「……まぁ、いろいろ苦労するよね」
 少しやさしい声が、わずかな同情を。

「でもやっぱり、『鈍い』のは罪かも」
 次の声色は、いかにも放送部員らしいなにかを僕に伝えていて。

「ただ、それが海原(うなはら)(すばる)って感じだね」
 春香先輩が、ふと懐かしい感じでほほえむと。


 それから僕に。
 早くいってあげてと……うながした。







 ……『裏道』の前で、一度木々がざあっと大きく揺れると。

 それからすぐに……まちこがれた声がした。



市野(いちの)千雪(ちゆき)から、お願いがあります」
 遅くなってごめんと、彼のかけてくれた言葉にうなずくと。

「一緒に、『裏道』を歩いてください」
 わたしはそれより大切なことがあるのと、聞いてみる。


「は、はい」
「ありがと、海原君」

 きちんとお願いできた。
 あっさり返事ももらえた。
 なんだ……こんな簡単だったんだ。



「自分語りをするので、聞いてくれる?」

 特にコメントはしないでくれと釘を刺し。
 わたしは裏道を奥へと進んでいく。

 ようやく一緒に、憧れだったことができるのに。
 うれしさが帳消しになるのは……皮肉だね。 



 ……要するにわたしは。勝手に恋して、勝手に失恋したのだ。



 ふたりで並んで歩きながら。
 わたしは、どうして君に恋したのかを。
 淡々と事実としてのべていく。

 口から流れでるのは、どれも『過去形』ばかりで。
 それらは自分でも驚いてしまうくらい。
 不思議なほど、スラスラと話せてしまう。


 ……でも、でもね。

 やっぱりちょっと……無理があるみたい。


「お願い、背中かして」
「えっ?」
「いいから、かして!」

 だってね、わたしは。
 もう君の前で。
 下を向く姿を……見せたくないの。




 彼の背中に、自分のそれをあわせると。
 わたしはそのまま、ゆっくりと体を預けていく。

 ……ありがとう、空が少し見えてきた。

 瞳から頬へと伝う涙は、ただただ熱いだけだけど。
 彼に預けた背中は、なんだかとってもあたたかい。


 悲しいのに、うれしい。
 寂しいのに、しあわせ。

 だから、だからね海原君。



 ……そのすべてを独り占めしたいと思う、罪なわたしは。

 もう君のそばには……いられない。



「あと、それとね。海原君」

 もうひとつ……わたしには理由があるんだよ。




「バレー部がまたピンチだって、聞いたんだよね?」
「ま、まぁ」
「だからわたしと話してくれないかって、頼まれたんだよね?」
「……はい」

 嘘をつかずに、答えてくれてありがとう。
 あとそれを、断ってくれたのはうれしかった。


 ……でもね、同時に。


「市野さん本人に、直接聞いてください」
 そう答えた君のことは。
 ちょっときらいになっちゃった。


「ご、ごめん」
「違うよ、嫌いっていっても本気じゃない」
「そうなの?」
「あたり前でしょ、だけどね」


 ……ほかの誰かだったら、そうはいわないだろうなって。


「わかっちゃったんだよね、わたし」
 だって君は、たとえば『あの人』なら。
 本人に聞けなんて……いわないでしょ?



 ……わたしの居場所は、放送部だけとは限らない。



 きっとそれは、正解だ。
 残酷だけれど、確かに事実だと思う。

 だからわたしは君の本音に傷ついて。
 嘆いて、たくさん嘆いたそのあとで。
 君の別の本音に……前を向いてみることにするね。




「……ねぇ、海原君?」

 わたしは彼と自分の腕を、再度しっかり組むと。
 思いっきり背伸びをして。
 それから自分の背中のすべてを、彼に預けてから。

「もっと、空見せてっ!」
 大きな声で、お願いする。


「ええっ……」
 なのにもう。
 やめてよねその気のない返事。


「練習前の、ウォーミングアップでやるやつなの!」
「そ、そうなの?」
「そうだよ、『ただの』ストレッチだから!」

 まぁ……女子同士の、場合はね。



 ……このまま飲みこまれてしまってもいいくらい、空はきれいで。

 それまでわたしの背中を……預けておきたくなってくる。



 普段はとっても『鈍い』はずの彼は。
 ここはわたしの気が済むまで。
 ひたすら耐えるべきだと悟ったらしい。

 ピクリとも動かずに、頑張ってくれているのがわかると。
 ついわたしは、自然と……笑顔がこぼれてきて。


 それからふと。



 ……このやさしさが、わたしを再びダメにするのだと気がついた。




「ねぇ! 海原君!」
「はい?」
 わたしは『幸せの土台』から慌てておりると。

「『勘違い』しないでね!」
「え?」
 ここは『放送部員』らしく、彼のせいにしてしまってから。


「あと、覚悟して!」
 それから照れ隠しに、その無防備な背中に向かって。
 バレー部で鍛えた渾身のスパイクを。



「えいっ!」
「うをっ!!」




 笑顔で思いっきり……打ちこんだ。









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