恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……それから数日後の、昼さがり。

 海原(うなはら)君は、ちょっといまは『お取り込み中』で。
 社会科教室では由衣(ゆい)とわたしが。
 集会後の片づけを……ちょうど終えたと・こ・ろだ。



「なんで『放送部』じゃなくて、『雑務部』な・の?」
姫妃(きき)ちゃん、そんなの前からじゃないですか」

 修学旅行中でも学校は『絶賛営業中』なので。
 不在のあいだも、やることがどんどんふえている。


「これなら毎日、修学旅行がよ・か・っ・た!」
「姫妃ちゃん、わがままいわないでくださいよ」

「だって、そうしたらみんなでいられたの・に?」
 思わずそう口にしてから。

「ごめん・っ!」
 わたしは慌てて、由衣を見る。


 ……あぁ、やっちゃった。


「ごめんね、由・衣!」
 わたしはガバッと抱きついて。
 その栗色の髪の毛にほっぺたをくっつけて。
 グリグリしながら力をこめる。

「ちょっと『多感な時期』なので……気をつけてください」
「う・ん!」

 ……よかった、『爆発』前ギリギリセーフ・だ。

 心が乱れているのは、わたしも同じだけれど。
 ここは年上なんだし、なんとか踏ん張らないと。


「あと……見られてますよ」
「えっ?」

 由衣が教室のうしろを見ろと、視線を流すと。
「どうも。出番の少ない副顧問・高尾(たかお)響子(きょうこ)です」
 先生がわざと低い声で、いってくる。


「先生、似合わ・な・い!」
「だよね。わたしもそう思った」

 先生はいつもの声に戻って。
 それからかわいらしくほほえむと。

「じゃぁ一緒に、放送室に戻ろうか」
 そういってもう一度、ニコリとしてわたしたちを見てくれる。



「先生、か・わ・い・い」
「でしょ? ダブルポイントの日だったから買っちゃった」

 由衣とわたしの、目の前で。
 象牙色(ぞうげいろ)のチュールスカートをひらひらとさせながら。
 三人で一緒に、長い廊下を歩いていく。


佳織(かおり)。隠れていないで、でておいで」
「えぇ〜っ、なんで先に見つけるかなぁ〜」
「そんなの誰でも……わかるわよ」

 ……正直わたしは、わからなかった。

「ん? どしたの姫妃?」
 めざとい佳織先生は、わたしにニヤリとしたあとで。

「つきあい長いからね、わたしたち」
 だからそんな相棒ができたら、わかるという。


「でも佳織を世話するのが、大変なのよね」
「なにそれ響子? この学校で先に働いてたの、わたしなんだけど?」
「じゃぁ教師になると決めたの、どっちが先だった?」
「いやそれ、いまここで関係ある?」

 ……正直、どっちの話しもいまは関係ないか・な?

「違うよ、姫妃ちゃん」
「えっ?」
「だって先生たち『同級生』だもん」


 由衣のセリフが……心に刺さる。


 そのとき、どこからあらわれたのか。
 長くて美しい黒髪がわたしの脇をスッととおりぬけると。

 そのまま由衣をギュッと……抱きしめた。







 ……月子(つきこ)ちゃんの言葉が、わたしの心に刺さって

 それから……響いた。



「暗いあなたはきらいよ、由衣」
 暗くなくても、きらいなクセに。

「でもいまはとことん、悲しめばいいじゃない」
 ただ意外とわたしのことが……大切なんだよね。


「あたりまえでしょう、『放送部員』なのだから」
「それって、『副部長』としてですか?」
「さぁ? それなら顧問と副顧問に、親切にする理由を聞いてみたらどうかしら?」
「その話しをそらすクセ、どうにかなりません?」
「それは無理ね、受けいれなさい」


「ほ・ん・と月子って、面倒だよ・ね」
 姫妃ちゃんのあきれた声を無視して。

「月子ちゃんって、相当こじらせていますよね」
「……あなたよりは、ずいぶんまともじゃないかしら?」
 暖花(ほのか)にはしっかり反論する。


「まぁ昔よりは、喜怒哀楽がでやすくなっただけ進歩しましたかね?」
「な、なんですって……」
「お、いうねぇ由衣」
「こら佳織、笑わないの」

 そういって楽しそうな響子先生を見たら。
 なんだかもう……下を向いてはいけない気になってきた。




「あぁ……もう。いいですか? はいりますよ!」

 わたしが号令をかけて、放送室の扉をひらいて。
 みんながはいってからドアをしめると。

「なんか、暑いっ!」
 わたしは一気に、窓をひらく。


 校庭のほうからは、練習中の運動部のかけ声がして。
 講堂へとつながる渡り廊下からは、誰かを追いかけている叫び声がする。

 中庭からは笑い声がして。
 もっと遠くからは、楽器の音が流れてきて。

 要するにこれらはすべて……この『丘の上』に響く音なのだ。




 ……わたしたちの『日常』は、少しずつ変化しながらも。

 これからもずっと……続いていく。




 それからみんなの視線が。
 部室の長机の一点に集中したあとで。

 わたしは『代表』として。
 その『空席』にひとり、近づいた。



 長机の『彼女の場所』の前には。
 丁寧に掃除された、ファイルボックスが。
 ちょこんと置かれていて。


 それを手に取ったわたしは。
「もう、ここまでしなくていいのに」
 あの子らしいと、つぶやいてから。

 彼女にそれを、『渡した日』のことを……思いだす。





「はい、これ使って」
「あ、ありがとう」
 少し遠慮がちだったあの子は。

「どうこれ? わたしが貼ったの!」
 そのあと、自慢げなわたしを見て。
 大切にするねと、笑ってくれた。



 ……『市野(いちの)千雪(ちゆき)』というお名前シールは、とてもきれいにはがされていた。



 思わず千雪のボックスを抱きしめたわたしの背中に。
 みんなの手がそっと、そえられていく。


「千雪は、とんでもなく真面目な子だから」
 そんなことなら、みんなは当然知っているけれど。


 ……でも、だからこそね。



「約束どおりに、大切にしてくれたの!」
 わたしは、最後までありがとうと。



 泣きながら千雪に……感謝した。