恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……修学旅行の、翌日。

 本来なら『代休』のはずのこの日も僕は。
 いつもよりは遅めとはいえ。
 朝十時には……家をでる。



「……海原(うなはら)くん、『明日』なのだけれど」
 昨晩、最寄駅で下車する直前。
 三藤(みふじ)先輩が突然僕に、そう告げて。

「えっ?」
 驚いているあいだに、列車の扉は閉まってしまった。


 ……『学校の件』で、話しがある。


 ようやく『修学旅行の件』が終わったばかりなのに。
 いったい今度は、なにをさせられるのだろう?


 また休日がなくなったことよりも、『将来』の不安を感じつつ。
「いってきます」
 母親に声をかけて、玄関をでたその先には。

「おはよう、海原くん」
 なぜか先輩が僕を……まっていた。







 ……およそ道のりの半分。

 引越し作業中のトラックをよけたあと……ようやく彼が聞いてくる。



「あの、どうして『制服』なんですか?」
「キャッ」
「み、三藤先輩!」

 ダメだ、斜め上の質問に思わずつまづきかけた。

「が、『学校の件』だと伝えたはずよ?」
 やや早口で答えたわたしは、彼より早く。

「駅の方向を、間違えているわけではありません」
 念のためつけ加えてから、反応をまつ。


「先輩の家に『戻る』のに……制服ですか?」
「女子高生の正装に、なにか問題でもあるのかしら?」
「い、いえ特に」

「そもそもわたし、私服が苦手という設定よね?」
「でなくてむしろ、『制服好き』じゃなかったですか?」

 家ではジャージですごすという設定は、さすがに封印してくれたのか。
 海原くんはなるほど、『学校の件』だから制服なのかとひとりで納得すると。
 静かに隣を、歩いてくれる。



「あら! 海原君いらっしゃい」
 むしろ無言でないのは、母親のほうで。

「よろしければ、娘の部屋にあがられる?」
「えっ?」
「ちょ、ちょっとお母さん!」
 家の外まででてきて、わざわざ余分なことを口走る。


「いいじゃないの、そろそろお連れしてみたら?」
「……海原くん、あちらへどうぞ」
「は、はい。もちろんです」

 わたしは彼を、いつもの縁側にいくよう伝えると。
「お母さんは、こちらへ」
 彼についていこうとした母親を、台所へ向かうよう背中を押す。


月子(つきこ)、お客さまをご案内しないのは失礼ですよ」
「だったら余分なことはいわないで」
「少しくらい、いいじゃない」

 あぁ、ごめんなさい海原くん。
 まずこの母親を落ちつかせるので、まっていて。


「……月子、そのお茶は熱すぎないかしら?」
「えっ?」
「彼が、やけどしてしまいますよ」

 母親はふわりとわたしの手に、その手をかさねると。

「戻ってきたときも、少し顔がこわばっていましたよ」
「はい……」
 妙に母親らしい顔で、わたしを見る。



「ですがこちらは、旅行帰りでお疲れにしては上出来だわ」
 自信を持てというその言葉は。
 彼に食べてもらうつもりの、煮物の味つけで。

「玉子焼きも、作り直した甲斐があったわね」
 失敗した分は、母がお昼ごはんにするので気にするなと。
 だから安心して、もう一度挑戦できたものだ。


「ねぇ月子、そこまで緊張しなくていいじゃないの」


 ……背中にうつった、母親の手があたたかい。


「なんなら、隣に座りましょうか?」
「……結構です」

 いや、訂正。
 この人はどこか……油断ならない。


「親に向かって、失礼ねぇ」
 ごく(まれ)ではあるが、この母親には。
 どこか『放送部』の血が……流れている気がしてしまう。




「……それでは、ごゆるりと」
「あ、ありがとうございます」

 お茶に続いて、何品かの昼食を配膳し終えると。
 母親は静かに消えていく。

「少し早いけれど、かまわないかしら?」
「おいしそうなので、いただきます」


 ……『大切な話し』は、このあとで。


 緊張するわたしには、その味がわかりにくかったものの。
 海原くんの反応からすれば、それなりの出来なのだろうと。
 己にいい聞かせながら、食事は進む。

 ……けれど会話が、はずまない。

 ごめんなさい、海原くん。
 誘っておきながら、おもてなしがないのは失礼だ。


「そういえば、その……」
 無理やり話題を探そうとしたわたしに、海原くんが。
「あ、あの先輩?」
 そういって呼びかけて。

「……もちろんです」

 彼の『お願い』を聞いたわたしは。
 やや早足で台所に戻ると。
 不思議と口元が……自然とゆるんでしまっていた。



 わたしと同じくらい。
 いや、ときにはわたし以上に不器用な彼が。

「おかわり……いいですか?」
 そんなふうに、いってくれた。


 ……わたしのことを、気にかけてくれた。


 いや、海原くんいつだって。
 ではなくて基本的には。
 というよりむしろ、ある程度は。
 わたしのことの、『きちんと』気にかけてくれている。

「なにをいっているのかしら、わたし?」

 いずれにせよ彼のひとことだけで。
 わたしの緊張した心はやさしく。
 そしてスッと、ほぐれていった。



 ……『お話し』のあとにでもどうぞ。


 台所に用意された茶菓子のセットには。
 そんな母の言葉が一筆箋にしたためられていて。
 そのやさしさが、心にじわりと染み渡る。



「海原くん、おまたせしました」



 ……伝えるのは、こわい。


 でもこの話題は……避けてはとおれない。




「このあと『学校の件』で、大切な話しがあります」



 その言葉を発した瞬間。
 まっすぐに背筋をのばした海原くんは。

 きちんとわたしと瞳をあわせると。


 それから静かに……うなずいてくれた。