恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……いよいよ、お別れか。

 新幹線の発車まで、残り時間は二十分。
 駅前の広場では『ほぼ全員』が集合して。
 ひと足先に……『解散の儀』がおこなわれている。



 ただこの光景が、わたしにとってどこか『しまらない』のは。
 せっかくの海原(うなはら)君の『あいさつ』を。
 聞き損ねたからに、ほかならない。


美也(みや)ちゃん、ため息が多いですよ」
「えっ? ごめん」
 澄ました顔の、暖花(ほのか)の隣で。

「あのバカ、まだ戻んないんだけど!」
「もう、わたしに何度も振らないでよね」
 由衣(ゆい)はずっと、千雪(ちゆき)にからんでいて。

「最・悪だ・ね」
「いまさら、どうでもいいことだわ」
 姫妃(きき)月子(つきこ)は……完全に『あの彼』を突き放す。


 ちなみに『あの彼』とは、断じて海原君のことではなく。
 最後の最後は、駅ビルの『トイレをつめた』という。
 例によって『あの』山川(やまかわ)君の、話しである。



「では、実行委員長(代理)にかわりまして……」
 最後のあいさつを、海原くんにまかせるつもりだった寺上(てらうえ)校長は。

「ほとんどわたしの出番がなかったのは、きっと彼のおかげなのよね」
 妙な感じで、海原君の『功績』をたたえていて。

「そんな彼がこの場にいないのは……残念よね」
 いくら『トイレ』だといいにくいにせよ。
 なんだか違和感だらけの、スピーチになってしまっている。



 ……それにしても、このまま出発するのは寂しいな。



 本来なら、一緒に『先導係』だったはずなのに。
 海原君がまにあうことは……ないらしい。


「なに落ち込んでるの、美・也ちゃん?」
「えっ?」
「いまだけ、譲ってあ・げ・る」

 姫妃が、ギュッとわたしを抱きしめると。
「じゃぁね、美也ちゃん!」
 由衣も一緒に、重なってくる。


「もうここまででいいから、ありがとさん」
 突然あらわれた佳織(かおり)先生が。
 まとめて三人をぐいっと抱きかかえると。

「美也の献身に、感謝する」
 笑顔でわたしを、実行委員から『解放』してから。

「『制服を着た』女子大生、また会おう」
 わたしを見て……ニヤリとする。



「海原くんが乗り遅れないようにだけ、お願いします」
 わたしのすぐ隣を、美しい黒髪がスッととおりぬけると。

 一瞬立ちどまった月子が、その肩ごしにひとこと。
「……いってきます」
 そういってまた歩きだす。


「ふつうにバイバイとか、なんでできないんでしょうね」
 千雪がボソリと、つぶやいて。

「彼の前で、泣かないでくださいよ」
 美也ちゃんは『わたしと違って』泣き虫だからと。
 ほかのみんなをとやかくいえないくらい、『ややこしい』ことを口にする。

「あ、もちろん冗談です」
「そっか。でもちょっと、本気に聞こえたかも?」
「……ご冗談を」

 まっすぐな瞳の千雪は、口元だけを少しゆるませると。
「楽しかったです」
 サッと一礼して、あとは振りかえらずに歩いていく。



(すばる)先輩って、幸せものの自覚あるのかな?」
 もう、暖花ったら。
 それのどこが『ひとりごとです』なの?

「それはそうと、美也ちゃん?」
 ただ彼女は、そのあとはやや遠慮がちに。

「ツーショット、いいですか?」
 とってもかわいいことを、聞いてくる。


「わたしと?」
「ダメですか?」

 ……その逆で、すっごくうれしい。

 まずはわたしのスマホで、それから彼女のもので。
 なんだかいい香りがするという距離感で。
 わたしたちが仲良くカメラに収まっていると。

「山川っ! 走れっ!」
「お、おっす!」

 体育の先生と、『あの彼』が駆け抜けていって。
「キャッ!」
 驚いた暖花がスマホを……床に落としかけてしまった。




 ……それから暖花と別れたわたしは。いま、海原君と歩いている。




「あのふたり、発車時刻を勘違いしてたんですよねぇ」
 海原君と一緒に改札をとおったわたしは。
 ふたり並んで、階段をのぼっていく。

 やっぱり彼は、ここでもきちんと。
 わたしの歩幅にあわせてくれている。

 ……そう思えてようやく、我にかえった。

「なにかありましたか?」
「ううん、なにもない」


 記憶が少しだけ、飛んでいる。
 いや、そうではなくて。
 つい『別のこと』を考えていた。

 でもそれは、『暖花のスマホ』の中身のことだから。
 わたしから海原君に……話せることではない。



 みんなの乗車する新幹線の案内が流れてきて。
 プラットフォームのずっと向こうに、彼と同じ制服の集団が見えたとき。

「ごめん、海原君」
 わたしは、立ちどまると。

「ここでお見送りを、してもいい?」
 少しわがままなことを……口にする。


「あぁ、別にいいですよ」
 意外とあっさり。

「出発したら、列車の中を歩きます」
 なんの疑問もなく。

 ……海原君が、『みんなと合流する』と口にする。


「あの、都木(とき)先輩?」


 ……泣かないよ、わたし。



「大丈夫ですか?」



 ……そうじゃなくて。泣けないよ、わたし。



 だってね。まだ本気で……君のことが好きだから。
 だからここは、宣言をするところなの。




 ……ようやくたどりついたこの場所を、わたしは誰にも譲らない。




「海原君、いってらっしゃい」
 距離が遠くても、心は簡単には離れない。

 笑顔で見送るわたしに、『なにか』を感じてくれたのか。

「都木先輩も、いってらっしゃい」
 彼はそういって少し、ほほえんだ。



「いってきます」
 わたし……笑顔で答えたよ。



 扉がひらくと、お客さんたちが続々と乗車して。
 けたたましく発車の合図が響きだす。

 ……いっておいで、海原君。

 海原君の肩に、右人差し指でトンと触れ。
 早く乗れとうながすと。



「またあうから!」



 ベルを邪魔しないけれど、負けないように。
 デッキの向こうに、言葉を贈る。


「……はい」


 返事と同時に、扉が閉まると。
 新幹線はすぐに、動きだす。




 ……妙な『修学旅行』は、ここでおしまい。




 右の指先に残った彼の熱を、左手でそっと包みこむと。
 少しだらしないくらいの笑顔があふれてくる。

「これはちょっと、クセになるかもね」

 どうしようもないくらい、海原君に恋をしているわたしは。
 次に逢えるのなら、見送るのもそれほど悪くはないのだと。


 足取り軽く……家路についた。