恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……ついに修学旅行も、最終日。

 わたしは朝六時からツアーデスクに張りつくと。
 先輩たちが、朝食の前後に置きにくるスーツケースを受け取って。
 伝票と照合する作業を……夢中でこなしていた。



 本当は、交代でこなすはずの『お仕事』を。
「これだけは、わたしにやらせて」
 (すばる)先輩にひとりでやると、駄々をこねたのはこのわたし。

暖花(ほのか)、わがままいわないの」
 いくら『初日に失敗』したからとはいえ、意地を張るのはよくないと。
 月子(つきこ)ちゃんの正論に昴先輩が加勢して。
 三人でもめていたわたしたちを仲裁してくれたのは、美也(みや)ちゃんだ。


「暖花と一緒にやるから、まかせてもらえない?」
 ふたりはわたしの言葉を聞かないくせに。
 美也ちゃんだったら、耳を貸す。

 積み重ねてきた信頼の差だとはわかりながらも。
 それはそれで、わたしは少し不満だったものの。

 ただ、事実としては確かに。
 美也ちゃんがいなかったら間違いなく。
 わたしは再度……『失敗』していただろう。




「じゃぁ、いってらっしゃい」
 最後の班まで、笑顔で見送り終えた美也ちゃんが。

「暖花、お疲れさま」 
 そういってニコリと、してくれる。


「ごめんなさい。何度かわたし、見落としていました」
「いいのいいの、そのために一緒にやってるんだから」

 ……いったいどこをどうやったら、そこまで『いいひと』になれるのだろう?

「あともうひとつ、ごめんなさい」
 おまけに、わたしが意地を張ったそのせいで。

「えっ、なにが?」
「朝ごはん、食べ損ねましたよね」
 美也ちゃんにはとても……『悪いこと』をしてしまった。


「別にわたし、そこまで食いしん坊じゃないよ?」
「いえ、そういうことではなくて……」

 ホテルの朝食だからというより。
 みんなと食事をする機会をひとつ、奪ってしまった。


「あぁ、そっちかぁ」
 美也ちゃんは、そこでなにか考えるような仕草をしてから。

「たぶん……平気」
 そういってまた、笑顔になる。


 ……『だぶん』、平気か。


 美也ちゃんは『みんな』というか、きっと『昴先輩』と食べたかったはずなのに。
 あえて口にするのを避けたわたしは……情けないな。



「……ごめんなさい」
「だからね、暖花」

 あたたかい笑顔が、その先の『なにか』を口にしかけたそのとき。
「おまた・せ」
 姫妃(きき)ちゃんたちが、やってきた。


「……やっぱり」
「えっ?」

「じゃぁ由衣(ゆい)千雪(ちゆき)も、お願いね」
 美也ちゃんがそっと、わたしの手をひいて。

「了解です」
「ごゆっくり」
 ふたりが軽く手を振ると。
 心なしか美也ちゃんの足取りが、軽くなる。



 それから向かった、ミーティングルームには。
 きちんと朝食が『二食分』。
 しかも『中身の違う』それらが、きちんと用意されていて。

「み、三藤(みふじ)先輩が。見栄えよく盛りつけてくれました」
「ただ『選んだ』のは……『基本は』海原(うなはら)くんです」
 ふたりがどうぞと、手でしめす。


「おいしそうなものばっかり、ありがとう」
 美也ちゃんの笑顔は、朝ごはんそのものよりも。
 わざわざ『選んでくれた』ことを喜んでいて。

「実はね、おにぎりくらいかなって思ってた」
 そういって無邪気に笑ってから。

「だからこれは、サプライズ!」
 実にうれしそうな、顔になる。


 ……美也ちゃん、あなたは『勝者』だ。




「ほら、暖花も食べいいからな」
 
 わたしなんて……ただの『ついで』だし。
 おまけにこれ、パンケーキだよ?

「昴先輩、わたしこれ苦手なんだけど」
「よく見ろ、それはフレンチトーストだ」
「えっ?」

 ……すねてみようと、チラ見していったら間違えた。

「ちゃんとメープルシロップも、あるだろ?」
「う、うん」


 ……なんだ、わたしの好みもわかっているんだ。


「昴先輩、ありがと」
 美也ちゃんを見習って、わたしだって笑顔で見てあげる。

 あと、ちょっとした『モヤモヤ』についても。
 とりあえずは……忘れてあげる。



「……海原くんが最初、パンケーキとハチミツを取ろうとしたのよね」
「えっ?」

 いま、月子ちゃんがボソリとなにかを暴露した。

「そうなの、昴先輩?」
「い、いや……」

 それ、わたしの好物と完全に逆なんだけど?


「ブロッコリーとマッシュルームのキッシュも、選びかけていたかしら?」
「あ、あの。三藤先輩?」

「よりによって、美也ちゃんの苦手なものの組み合わせを選ぶなんて……」
「そっか」
「い、いやそれは……」

 残念だね、美也ちゃんの顔から笑顔が消えたよ?


「あら。せっかく株をあげていたのに、ごめんなさい」
 極めつきは月子ちゃんの。
 わざとらしい、そのいいかたで。

 おかげでなんだか……『そのとき』の光景が浮かんできてしまう。



「海原くん、それは美也ちゃんにはやめてあげて」
「は、はい」
「海原くん、暖花のこだわりポイントが間違っているわよ」
「は……はい」

 ビュッフェ台で、昴先輩が選ぶ直前まで黙っておいて。
 おもむろに指摘してから、得意げな顔をする。
 そうやって月子ちゃんは絶対……先輩との時間を楽しんでいたはずだ。



 ……なるほど。今朝の『真の勝者』は、月子ちゃんだったのか。



「朝から、月子らしいよね」
 美也ちゃんは、わたしと『同じ光景』が見えたはずなのに。
 それはそれで……楽しいらしく。

「フルーツを用意してあるわよ、海原くん」
 抜かりないその声が、四人で食べる準備があると知らせると。
 わたしの隣の席がもう一段階、まぶしくなる。



「では、遠慮なく」
 わたしは、わざと澄まして答えると。

 ……いくつかの複雑な気持ちはさておき、反省と感謝を心にこめてから。


 この朝にふさわしい、あかるい声で。

「いただきます!」


 笑顔で食事を……楽しんだ。