恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……わたしは『女優』だから、涙は自在に操れる。

「目、目に・ね! ゴミが、はいった・の!」
 だからね、ほら。
 涙なんて……すぐにとめてみせるか・ら。



 木陰に見つけたベンチに並んで座ると。
 わたしは急いで、彼の肩に頭を預けてしまう。

「お願い、そのままでいて」
 やさしい彼に、一方的に希望を伝えたあと。
 軽くのせたはずの頭を、ぐりぐりと肩に押しつける。


 ……おかしいな、涙がちっともいうことを聞いてくれない。


 はじめて出会ったときよりも。
 ずっとずっと、海原(うなはら)君は近くにいてくれて。
 いまだってなにもいわずに。
 わたしが笑顔に戻るのを、静かにじっとまってくれている。

 そう、ふたりはとっても。
 とっても仲良くなれたのに。


 ……もうこれ以上は、近づけなくなっちゃっ・た。




 自分で決めた道なのに。
 涙が必死に……抵抗する。


「ねぇ、海原君……」
 呼ぶべきか悩む名前を、呼びたい気持ちがとまらずに。
 弱いわたしは、彼を呼ぶ。


「空が、見えますよ」
「えっ?」

 木陰の隙間から、空が見えると知らされて。
 わたしはその言葉に従って。
 この街の空を、眺めてみる。


「きれい……」


 声にした瞬間、涙がスッと消えたのは。
 そのとき、わたしが。
 海原君の『なにか』を、感じたからだ。


 ……だからね。


「ね・ぇ、海原君?」
 どうしても……聞きたくなっちゃ・っ・た。





 ……これで終わりにするから、お願い。





「わたしのこと、結構好きだよ・ね?」

 その瞬間、彼の肩がビクリとあがって。



「でも海原君は、わたしじゃない誰かに恋していいからね」

 続いて肩が……ガクリとさがった。







 ……波野(なみの)先輩とは、よくわからない出会いからはじまって。

 いろいろと世話を……焼かされた。


 ただ、それ以上に先輩は。
 あかるくて、前向きで。

 僕がくじけそうなときには、いつもエネルギーを与えてくれてきて。
 数えきれない危機を救ってくれた。

 でも、そんな波野先輩はどうやら。
 いなくなって……しまうらしい。



「なに見・て・るの、海原君?」
 ゆっくりと動いていたつもりなのに。
 ちょっと不自然な体制になったために気づかれた。

「な、なんでもないです」
「答えないと、痴漢だって叫ぶ・よ」
「どうして、そうなるんですか……」
「い・い・か・ら、答えて!」


 すっかり泣きやんで、強気にせまるその『顔』を。
 僕は思わずジッと、見つめてしまっていて。

「て、照れるんだ・け・ど」
 するといつになく、波野先輩の顔が赤くなり。

「だ・か・ら、なに見てる・の!」
 声に少し、悲鳴が混じる。



「お、『おでこ』です」
「もしかして……変・態?」

 ……確かに知らない人が聞いたら、変態だ。

「一緒に治した、想い出なので……」
「えっ?」


 去年の文化祭準備中に起きた、不幸な事故。
 そしてできてしまった、先輩の『(ひたい)の傷』。

 たったふたりだけの演劇部で、主演女優として練習を重ねていたのは。
 波野先輩がその先の未来に、本物の女優を目指していたからなのに。


「頭に包帯を巻いた姿で、病室で絶望していた『あの日』から……」
「ちょっと、海原君?」

「その『おでこ』が、僕にとっては……」
「ちょっと、ス・ト・ッ・プ!」

「えっ?」
「あ・の・ね! 治ったから、終わりな・の?」
「……はい?」


 なぜだか先輩が、少し怒ったような顔になり。
「わたし。絶・対、忘れないか・ら」
 僕の目の前に『おでこ』をずいとだしてくる。


 ……その瞳には、『とてつもない』意志がある。


「想い出とかそんな『ぬるい』感情とかじゃ、い・や・っ」



 ……おまけに『また』燃えだしたような、迫力がある。




 と、ということは……もしかして。







 ……恋したことなら、忘れない。

 ここで華麗に身を引こうとしたわたしは……とんでもなく『愚か者』だ。



「波野先輩に。う、恨まれているということですか……」
「な・ん・で、そうなるの・っ!」

 そもそも、感・謝しかないのにまだわからないの?

 ただこの先、演技のレッスンが忙しくなったり。
 一緒にすごせる時間が減ってしまうから。

 わたしはとしては、そろそろ。
 このあたりで『フェードアウト』したほうがいいのかなって。


「……それで。『発光』のヒロイン、ですか?」
「『おでこ』、光らな・い!」

 せめて『女優』として、『薄幸』のヒロインになって。
 美しく散って『あげよう』としたのに。


 ……そんなの絶・対、間違いだ。


 こんな『鈍い』彼なんて、姿を消したら最後。
 わたしのことなんてあっというまに忘れてしまう。


 ……『おでこ』を想い出に、さようならとか無理だ・か・らっ!



「みんなに怒られても、知らないからね・っ!」
 わたしは、どこまでもワガママキャラが許されるか・ら。

「とことんまで、あがいてみせるの・っ!」
 そう宣言したわたしは、海原君をその場に残すと。

 大急ぎでホテルに戻って。
 作業中の『ザ・面倒くさい・放送部女子たち』の前で堂々と。
 ひとり高らかに……『恋の延長宣言』をしてみせた。



「あなた……どれだけしつこいのよ……」
 特大のため息をつく月子(つきこ)にわたしは。

「とりあえず、卒業ま・で!」
 まず力強く答えると。


「海原君は……なんだって?」
 わたしよりも『そっち』を気にする美也(みや)ちゃんには。
 意地でもいわないも・んと返事をする。


「うわっ、めんどくさっ……」
「どこまでも、しぶといんですね……」
由衣(ゆい)暖花(ほのか)、失礼だ・し・っ!」

 よし、ここは先輩として。
 ビシッといったつ・も・り。


 ……ただね、千雪(ちゆき)だけは。

「ねぇ、姫妃(きき)ちゃん?」
「う、うん」
「あとで『ふたりで』ゆっくり、話しましょうね」
 ちょっとひとりじゃ……こわいか・も。



 でも、そのみんなの『いい加減にしろ』という視線は。
 間違いなくわたしの……『力の源』だから。

「ふ・ふ・ー・ん」
 余裕のわたしは、みんなの前でクルクル回ってあ・げ・てから。


 ……恋したことなら、忘れない。


 そんな『決めゼリフ』に続いて。
 なんと『キャッチコピー』まで、思いついてしまった。




 ……ようやくたどりついたこの場所を、わたしは誰にも譲らない。




「うん! い・い・ね!」
「……なにがかしら?」
「ひ・み・つ!」

 いますぐ帰れといわれても、わたしの笑顔はとまらない。
 だってやっぱり、わたしはこの空間が大好きで。


 あの彼のことも……大好きな・の・っ!