……翌日の、五時間目。
終了のチャイムが鳴ったその瞬間。
今度こそ声をかけようと、斜めうしろを向いたのに。
千雪がわたしを……スルーした。
「ちょっと、海原」
わたしは隣席のアイツに声をかけると。
「ついてきて」
教室をでて、横にある非常扉をあけろと合図する。
「で? なんなの、あの態度?」
非常階段の踊り場で、わたしは心あたりについていますぐ答えろと。
人差し指を鼻先につきつけながら、アイツとの距離をつめていく。
「あ、あの。高嶺由衣さん?」
「は?」
なんでそこで、フルネーム?
「いや。なんていうか……僕への態度、ひどくないか?」
なにそれ、そんなの別にどうでもいいじゃん。
「アンタさぁ、中学から五年連続で同じクラスで席もずっと隣でしょ?」
なのにいまさら、遠慮する必要がどこにあるわけ?
「いいから、答えて」
わたしが、さっさと本題に戻れとうながすのに。
まだ海原の表情が、なにかをいいたげだ。
「なに? まだ文句あんの?」
「ち、近くないか?」
「は?」
「い、いやその……」
ふと気がつけば。
わたしはアイツを壁際に追いこんだ上に、つま先を踏んでいて。
しかもなにこの距離?
ちょっと視線をあげたら……目の前にアイツの顔がある。
「は、早くいいなよね!」
わたしは強気な口調と裏腹に。
ややうろたえながら……うしろにさがると。
「近寄るな、バカ」
「ええっ……」
自分の動揺を悟られないように、アイツをキッとにらんでみる。
……あぁ、なんなのこの『距離感』。
「べ、別になにもないし。千雪のこと、聞いてただけだし」
半分事実、いや半分以上は事実だから。
「で、あの子なんで怒ってんの?」
わたしは適度な距離に離れてから、再度海原に質問する。
「……昨日市野さんに、電話しただろ?」
「えっ?」
「たぶん、それだ」
「それって……わたしが原因ってこと?」
ポスターはりにでたままで戻らないアンタに、聞きたいことがたまってきたから。
早く放送室に戻らせてと連絡しただけなのに。
それで千雪が怒ってるなんて。
全然意味が……わからない。
「っていうか、アンタのせいじゃん」
「えっ?」
「アンタがスマホ持ってないから、悪いんじゃん!」
「ええっ?」
高二になってもスマホがないとか、勝手にしたらと思っていたけど。
それでとばっちりを受けるんなんて、まっぴらごめんだ。
「もう面倒だから、さっさと買いなよね」
「いや、それは……」
「なんで? アンタがスマホ持ったら、わたしだっていろいろ……」
「……ん?」
「……なんでもない」
もっとアンタと、いろいろ連絡できる。
思わずそう口にしかけて、でもその次の瞬間。
なんだか一気に、わたし以外の『海原を囲む人たち』の顔が浮かんできて。
……そうしたらみんなが、スマホ経由でなにをしだすかわからないと気がついた。
「訂正、やっぱスマホ不要」
「へ?」
「あと千雪も。いちいちスマホで連絡しないでってことでしょ?」
「え?」
狐につつままれたみたいな顔のアイツを前に。
わたしは『スマホを持つな』と、念押しすると。
「以上!」
海原の背中を押して……教室に戻ることにした。
……由衣の声は、とてもよく響くので。
だからこれを、盗み聞きだとは……いわないでほしい。
非常階段を近道にして、急ぎの書類を渡しに向かったのは。
近頃わたしより、もっと機嫌の悪い『放送部副部長』のいる三年一組だ。
「あら千雪、早かったわねありがとう」
ニコリともせず感謝を述べるあの人は。
どちらかというと、機嫌が悪いのではなく。
ただ気難しいだけかもしれないけれど。
とにかく、教室に戻ろうと階段をのぼっていたところ。
ふたりの会話が……聞こえてしまった。
由衣の声は、よくとおる。
おまけにあの彼の前だと、どんなときでもその音は。
とっても弾んで、うれしそうによく響く。
そしてそんな由衣の『口撃』を前に、さすがの海原君も。
ふたりで『裏道』に向かっていたとはいえないらしい。
……別に、話してくれてもよかったのにな。
これは、いまのわたしの本音。
そして、あのときの海原君の本音はきっと。
スマホで呼びだされて……ホッとしたはずだ。
少し時間をおいて、わたしが教室に戻ると。
由衣と視線がバッチリあう。
「なあに、由衣?」
ニコリとしたわたしを見ると、由衣は勢いよく席を立ち。
「やった、千雪が笑った!」
そういいながら、わざわざギュッと抱きしめにくる。
「海原が、バカでごめんね!」
由衣のその『勘違い』は
わたしの心を……やや荒めに波立たせるけれど。
あえて声には、しないでおくね。
……だからね、由衣。
そのかわりに、教えてほしいの。
あなたはどのくらい……『海原君なし』でも耐えられそう?
「……えっ?」
「どうかした、由衣?」
「千雪、いまなにかいった?」
「……なんでもない」
わたしは、サッと彼女を抱きしめてから。
「ほら、はじまるよ」
そういって彼の『隣の席』へと、座らせる。
隣同士の席が、五年も『偶然』続いているからとはいえ。
由衣は少し……油断しすぎじゃないかな?
「どう思う、海原君?」
「ん? なにが?」
「さぁ。なんでもない」
まだ『誰のものでもない』彼はこのとき。
不思議そうな顔で、わたしを見たけれど。
おそらく彼は、このときすでに。
わたしがこの先『なにか』を伝えてきそうだと。
それくらいのことは……想像していたに違いない。

