恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……夕焼けの空に、響けっ。

海原(うなはら)君、サボらないでっ!」
 ホテルの屋上に広がる、自分の声が。 
 いま……とっても心地よい。



「は、はい……」
 なにごとかと、驚くその顔に。

「海原君、働いてっ!」
 思いっきり届け、わたしの声。


「ねぇ、なんなの千雪(ちゆき)?」
「だって、屋上だよ?」
「なにそれ、わけわかんない」

 いつもと違う、わたしのようすに。
 由衣(ゆい)もみんなも、不思議そうな顔をするけれど。

「ちょっと山川(やまかわ)君も! サボらない!」
 わたしは気にせず、指示をだす。


 本来なら、最終日の予定だったバーベキューが。
 雨の予報で前倒しとなったので。

 わたしは『古巣』の女子バレーボール部員はもちろん。
 男子バレーボール部に柔道部や卓球部。
 あと吹奏楽部と理科部などなど。
 要するに……たくさんの人たちの協力をあおぐことにした。



「千雪じゃないと、まにあわなかった・ね」
「ありがと、姫妃(きき)ちゃん」

 太陽にかわって、月が目立ちそうな時間の前に。
 わたしたちの『宴』はきちんとはじまって。
 屋上にはいま……みんなの笑顔が広がっている。


「ちなみにわたしじゃなくて、海原君のセ・リ・フ」
「えっ?」

 わたしは思わず。
 炭火コーナーでお肉を焼くのではなく。
 その裏で必死に……炭をおこしている彼を見る。


 海原君の隣では、笑顔の美也(みや)ちゃんが。
 楽しそうにうちわをあおいでいて。

 暖花(ほのか)はそんなふたりのうしろにピタリとつけると。
 海原君『だけ』に、風を送っている。


「海原、サボるな!」
 由衣はちゃっかり、お肉を食べながら彼を応援していて。

 あとえっと、月子(つきこ)ちゃんは。
 慣れない手つきでたぶん。
 新聞紙を……丸めているのかな?



「なんか『あの輪』から、外れちゃってる・ね」
 姫妃ちゃんの言葉は、わたしと同じ。
 この状況を『受けいれる』準備ができた人のものだろう。

「な・ぁ・に、千雪?」
 ただ、その割に姫妃ちゃんの瞳は。
 あの彼に『まだ』向いている気がするけれど。

 それって……『気のせい』、なんだよね?







 ……恋したことなら、忘れない。
 
 わたしにとってその言葉は……『希望』である。



「わたしなりに、姫妃ちゃんの『決めゼリフ』を解釈しました」
 遠くの炎に、ほんのりと照らされたからか・な?
 ほっぺたの赤く染まった千雪が。

「この気持ちを……『思い出』にします」
 なにやら、『物わかり』のいいことをいっている。


「ふーん」
「えっ?」
「さっきまでの勢い、どうした・の?」
「そ、それは……」

 あぁ、もう千雪ったら。
 わたしは……しんみりするのは嫌いな・の。


「だって、修学旅行だ・よ!」
「えっ? 姫妃ちゃん?」


 ……だ・か・ら、『波乱』を起こすの・っ!


「壁のように彼を囲む、そこの女子どもよ!」
 たぶん……時代劇って、こんな感じでいいよ・ね?

 わたしは千雪の手をひくと。
「波野の乱と書いて『波乱』じゃ、覚悟せよ!」
 なにをいっているんだと、あきれ顔の。
 放送部員たちの中に斬りこんでいく。


「千雪、チェストォ!」
「……はい?」
「いいから、かして・っ!」


 わたしは彼女が手にしていた小皿から、『千雪の』お箸で。
 なんだか『複雑な味』になっていそうなソースにつかったお肉をつまむと。
「秘技・間接キ・ッ・ス!」
 とっておきの『思い出』として……海原君のお口に献上する。

「き、姫妃ちゃんっ!」
 千雪よ、えっと……無礼講だっけ? にしてあげるから。
 それくらいで動じるでな・い。

「ちょ、ちょっと!」
「ウソっ」
「う、海原くん……」
(すばる)先輩……」

 だが、『そっち』の女どもは。
 せ・い・ぜ・い動揺するがよい。


 ……なのに千雪ったら。


「き、き、きき、ききき、姫妃ちゃんっ!」
 いや……そこまで喜ばないでよ・ね。


「なんなの千雪? 興奮し・す・ぎだし」
「だ、だってぇぇぇ!」
 おまけに。
 ちょっと『()けてくる』から、や・め・て・っ!



 ……えっ?



「だからね、姫妃ちゃん!」
「う、う・ん……」

「あれ、わたしの『食べかけ』です!」
「ウ・ウソーーーー・ッ!」




 ……そ、それはちょっと想定外か・も。




「姫妃ちゃん、サイテー」
「さすがに、ひきますよね」
 由衣と暖花が、冷たい目でわたしを見て。

「海原くん……」
「それ、食べかけだって……」
 月子と美也ちゃんは。
 なにかを祈るように、彼を見る。


 ……わたしもしかして、やりす・ぎ・た?


「ち、千・雪っ?」
「……食べようよ、海原君」
「え・っ?」
 こ、これって……。


 ひさしぶりに『スイッチ』がはいって。
 すっかり『別人』となった千雪が。
 口を動かせずに、両目を見開いている海原君に向かって。

「お肉、無駄にしないよね」
 迫力満点、冷徹な声で迫りだす。


 それだけではない。
「わたしの食べかけだからとかって、だしたりしないよね?」
 ちゃんとプライドと。

「かたい『スジ肉』だけど、牛さんのお命ちょうだいしたんだからね」
 妙なプレッシャーも、与えていて。

「しっかりかんで。あと一分で、食べ終えて」
 おまけにタイムリミットまで……設定してしまった。




 ……その結果、『波乱』の勝者は佳織(かおり)先生になってしまった。


「なるほど〜。その手があったかぁ〜」
 噛みきれないくらいに、カタいお肉のスジを。
 海原君は一気に『飲みこんだ』。


「海原君にしては、上出来だね!」
 まだ苦しそうにせきこんでいる彼の背中を。
 バシバシとたたきながら。

「で。姫妃もみんなも、見たよね?」
 佳織先生は嬉々(きき)としてわたしたちを、見渡すと。

「見たよねぇ〜!」
 先生がひとり……『かちどき』をあげている。


 ……『一気飲み』に使ったグラスは、『先生の』飲みかけだ。




「ちょっと姫妃ちゃん」
「な、なにかな……千雪?」
「そこ、座ってもらえます?」

 修学旅行の『思い出』を、『トラウマ』にかえるなと。
 わたしは千雪にとっても怒られて。


 ただ、その隣では巻き添えというか当然というか。
 海原君もわたしと一緒に。


 そう、わたしと『一緒に』。


 怒られて……く・れ・たの!