恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……少し、遅くなってしまった。

 ホテルに戻ったわたしが、急いで前髪を整えなおしていると。
 バスルームで着替え中の美也(みや)ちゃんが。
 なにやら小さく……叫んだ気がした。



「あ、あのね月子(つきこ)
 照れくさそうな顔の、『女子大生』は。

「髪の毛が、ファスナーにはさまっちゃった」
 そういってわたしに、助けを求めてくる。


「やっぱり『制服』って毎日着ていないと、腕がなまるよね」
 美也ちゃんは、妙なことをいってから。

「月子、ありがと」
 こちらを向いて、ニコリとする。


「あ、前髪。ちょっとずれてるよ」
「えっ?」
「少し、直すね」

 ややあたたかめの、美也ちゃんの指先が。
 わたしの前髪を、手早く直してくれると。

 わたしもお礼とばかり、手をのばし。
「失礼します」
 そう断ってから、気になる髪先の向きをサッと変えてみる。


「じゃ、いこっか」
「はい」
 準備は万全だと、扉をあけると。

「おっ、自動ドアだ」
 よりによって、こういうときに限って。
 佳織(かおり)先生が……あらわれた。



「あれ? もしかしてふたりで前髪チェックしあった?」
「えっ?」
「どうして、それを……」

 ニヤリとした先生は、魔法のポケットに右手をいれると。
「これが『月子風』で、こっちが『美也アレンジ』」
 でてきた手鏡を、素早く左右に振ってくる。


「確かに」
「本当ですね……」
 お互いの前髪が、自分でやるときとは微妙に違う。

「女子なんて、みんなクセがでちゃうからねぇ」
 見抜いたわたしは『エライ!』と。
 先生は『女子力』を自画自賛したあとで。

「ふたりともなんか、『力がはいってる』もんね〜」
 なんだか『少し』、余分なことを口にする。



「……忙しいので、失礼します」
「もう、あいかわらずつれないねぇ〜」
「美也ちゃん、いきますよ」
「う、うん月子」

 ペコリと一礼した、わたしたちを。
「あ、そういえばさぁ〜」
 先生の声がうしろから追いかけてきて。


 その『邪悪な』セリフを聞いたわたしは、そのあと。

 頭の中が一瞬……まっしろになってしまった。







 ……佳織先生の、その言葉は。

 先週、自分で前髪を切りすぎたときとは比べられないほどの……衝撃だ。



「ということで美也、海原(うなはら)君に伝えといてくれる?」

 ……どうして、『そんなことを』わたしが?

「だって月子とか、もう放心状態じゃん」
「えっ?」

 横を見たら、確かに。
 あまりのショックで月子が、フリーズしてしまったので……。
 だったら、せめてここは。


 ……わたしが全力で、阻止してみせる。


「佳織先生、それはダメです」
「なんで?」

「なにがって、倫理的にどうなんですか?」
「え〜」
「道徳的にも、ありえないです!」
「そうかなぁ?」

 あぁ、もう佳織先生ったら。
 そもそもわたしたちが『許可』するはずがないのに。
 どうしてそこまで……『非常識』なんだろう?


 先生は、どのみち今夜もなにかしらトラブルが起こるだろうとか。
 そうしたら海原君が近くにいたほうが『便利』だとか。
「だったらそのほうがいいと思わない?」
 わたしに同意を求めようとするけれど。

「それは絶対に、おかしいです!」
 わたしはここで、負けるわけにはいかないのだ。



「別に、『先生と同室』でいいじゃん」
「いいわけないです!」
「きっと、楽しいと思うけどなぁ〜」

 海原君に限って、いや限らなくてもそんな。
 修学旅行中に……『先生と』生徒が同室なんてありえない。


「じゃぁ美也、どうしたらいい?」
「えっ?」
「『誰と同室なら』、問題ないの?」
「そ、それは……」


 固まるわたしに、先生は一切容赦しない。
 おまけにその余裕の表情は。
 海原君いわくの……『悪魔のほほえみ』というやつだ。


「さすがに『女子大生と』は、まずいよねー」
「あ、あの……」

 ど、どうしよう。
 で、でも。
 ここは……勇気をだすしかないし。
 それに、ほかのみんなも同室なのだから。


「き、教師よりは。まだ許せます!」
 頑張ってわたしは……いいきった。



「ふーん。だってよ月子」
「えっ……?」
「どうする、月子?」
「ええっ?」

 慌てているるわたしと違って。
 いつのまにか『復活』していた月子は、とっても冷静で。


「美也ちゃん……『また』騙されてますよ」
 大きくため息をついてから、そういうと。

「佳織先生のその目は、海原くんと遊んでいるときと同じです」
 そのままさっさと、歩きだす。


「だってさ、バレちゃった」
 笑顔の佳織先生は、わたしに。
 海原君は今夜から『体育の先生』と同室になるといい直すと。

「もしかして、『わたし』だと勘違いしたとか?」
 イタズラっ子の瞳で……聞いてきた。




「本当に佳織先生って……心臓に悪いよね」
 階段の前で、月子に追いついたわたしに。
 彼女は澄ました顔で。

「『同室』の件、残念でしたね」
「ちょ、ちょっと?」
「油断ならないことが、わかりました」
 あくまでも澄ました顔で、涼しく伝えてくる。


 ……もう、月子の意地悪。


「完璧じゃない美也ちゃんを見ると、ほっとします」
「えっ?」
「じゃぁ、いきましょう」



 ……月子はどこまでも、月子でいなければならないから。



 高校を『卒業』したわたしと違って。
 月子は最上級生として。
 まだ『放送部』に、『残っている』。


 その責任感、いや孤独感がどれほどのものなのかを。
 このとき彼女は。
 ボソリともらしたはずなのに。


 わたしがそのことを理解するには、残念なことに。


 まだ……それなりの時間が、必要だった。