恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……修学旅行、二日目の朝。

 時間どおりに観光バスが出発していくと。
 あたりは一気に、静かになって。
 海原(うなはら)君がホッと……息をつく。



市野(いちの)さん、僕もやっぱり……」
「ツアーデスク、お願いね」

 わたしはキッパリ、彼につげると。
「あとで見にくるから、それまで『ひとりで』よろしく」
 そういってやや早足で、ミーティングルームに戻っていく。


 ……残りたい気持ちは、みんな一緒。


 海原君のそばにいたいと主張した美也(みや)ちゃんは。
「必修ですよね? でもひとコマだけならすぐに終わりますよね?」
 そういってわざわざ、月子(つきこ)ちゃんが大学までつれていき。

 姫妃(きき)ちゃんと暖花(ほのか)は、学校に残っている副顧問の響子(きょうこ)先生用にと。
 お土産の下見を、お願いした。


「どう千雪(ちゆき)、アイツ納得してた?」
「うーん、でも由衣(ゆい)。とりあえず置いてきた」

 実際は忙しいけれど、せめてここは午前中だけでも。
 忙しくないように『見せかけ』ようと。
 ホテルに残るのは、最低限の人数とする。

 それがせめてでも、『徹夜』をした海原君への。
 わたしたちなりの『気づかい』なのだけれど。


「やっぱあのバカじゃ、わかんなくない?」
 そういわれるとなんだか。
 否定しにくい……ことではある。



「でも、海原って。どうしようもないバカだよねー」
「ただ、不運なだけじゃないのかな?」
「違うよ千雪、あれはバカなだけだって」

 由衣もわたしも徹夜の原因については。
 あまり詳しい説明を、避けたいところではあるものの。
 要するにそれは、『あの』山川(やまかわ)(しゅん)君と仲間たちで。

 なんでも『また』。
 トイレを……『つまらせた』らしい。


「道端で売ってた、ココナッツだっけ?」
「唐辛子混ぜたら、暑さにきくっていわれたらしいよね」

 買えば買うほど、安くなる。
 そんなうたい文句に、やすやすと乗った山川君たちは。

「『すっぱかった』けど、うまかったぜ!」

 夕食前にはそう自慢していたけれど。
 寝る前には一変、あちこちで腹痛に苦しみだしたそうで。
 それから順番に……トイレをつまらせていった。



「でもそれ、海原関係なくない?」
「ただ体育の先生が、『再目撃』したらしいしね」

 絶叫のち説教とか。
 彼にとっては、『そこまでは』巻きこまれただけだったのに。

「さ、さすがに朝までは無理なのでは……」

 先生が朝までトイレを全面禁止にしたあとで。
 よせばいいのに、我慢できないと泣きついてきた男子のために。
 一階のトイレを解放してはどうかと。
 先生に『わざわざ』……提案してしまったらしく。


「だったら海原! 途中で女子のフロアにいかないよう『お前が』責任とれ!」
 朝までずっと、五階の階段前で。
 ひとりで見張りとして……立ち続けることになったらしい。


「なんでもアイツとか、おかしくないウチの学校?」
「妙に信頼が厚いと、そうなるのかな?」
「いや、やっぱアイツがバカなだけでしょ」

 確かに、海原君という存在は。
 ある意味『そういうもの』かもしれないけれど。

「でもね、由衣」
 わたしが、彼女に。
 せめて『便利屋』にでも、してあげないかといおうとして。


「ねぇ、千雪!」
 逆に彼女にいきなり。

「ちょっとわたし、あのバカ見てきていい?」
 予想外のことをいわれたあとで。


 そこで『間違えた』わたしは。

「じゃぁ、お願い」

 つい……返事をしてしまった。







 ……なんだか、少しあたたかくて。

 やさしい……雰囲気がする。



「急に起きるな、バカっ!」
「えっ?」

 ところが、その瞬間を『勘違いした』僕の目の前には。
 なぜか『栗色の塊』が広がっていて。

「もう! びっくりしたじゃん!」

 そ、その声は高嶺(たかね)だ。
 ということはいまのは。
 アイツの『頭』……だったということか?


「お、お前。なにしてた?」
「な、なにもしてないし!」

 ……よくわからないけれど、そうなのか?

「悪い、寝ていたらしい」
 そう答えた僕が、反射的に背筋を伸ばそうとすると。

「ちょ、ちょっとまって!」
 アイツが急に、慌てだす。


 どうやら肩というか。
 僕の背中には、『なにか』がのっているようで。
 そして高嶺は、えっと。
 いつもと違って……『脱皮』した姿になっている。


「お前、ブラウスだけなのか?」
「ちょ、ちょっと?」
「いや、いつもより薄着だから」
「口にだすなっ、変態!」


 ただの夏服なのに、なんだか大袈裟なやつだけど。
 確かにいつもなら、コイツは。
 その上に、もうひとつ『なにか』を着ているはずなので。

 ……ということは、背中の『これ』はきっと。

「お前の……チョッキか?」
「べ、ベストだしっ!」

 どちらも同じもののはずなのに。
「これ! ベストだから!」
 高嶺は妙にこだわりながら、僕から一気に『チョッキ』をはがすと。

「あぁ、寒かった!」
 そういって急いで、自分で着てしまう。



「……なによ?」
「寒いんなら、脱皮するなよな」
「は? ……脱皮?」

「いや、だからさ……」
「ア、アンタが。かぜひいたら困るじゃん!」

 僕としては、そのせいでかぜをひいたのだと。
 あとで因縁でもつけられたほうが、困るけれど。

 それでもここはおそらく。
 お礼をいうところ、なんだよな?


 ……それに感謝したらコイツは、少しは喜ぶはずだから。


「あ、あのさ。高嶺」
「な、なによ?」

「『あ』……」
「『洗いたて』だしっ!」
「い、いや……」

「『汗』だって、かいてませんし!」
「だ、だからそれは……」



 ……僕はただ、『ありがとう』といいたかったのだけなのに。



「なんか最悪。しかもベスト伸びてるし!」
 高嶺は、それを着てもいない僕に因縁をつけてくると。

「やっぱ貸さなきゃよかった」
 ひとりブツブツいってから、おまけに。


「海原の、バカっ!」
 まるでそれを『伝えにきた』かのようにいいきると。


「よし、働きな」
「へっ?」
「起きたんだから、あたりまえでしょ」


 そういってから、大量の書類を容赦なく。
 僕の背中に……乗せてきた。