恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……荷物を持った、二組の子たちが戻ってくる。

 スーツケースの件は、これで解決。
 それはそれでよかったものの。
 肝心の海原(うなはら)君が……なかなか戻らない。



千雪(ちゆき)、ただいま!」
「お、おかえり」
 最後の最後も、幸せそうな顔の由衣(ゆい)ひとりだけ。

「あぁ海原? なんか路線バスの写真とりたいんだって」
 ご機嫌な由衣は、十五分だけ許可したとわたしにつげると。

「色が違うだけなのに、なにが楽しいのかわかんないよね」
 言葉はきついが、楽しそうな顔で話している。


「会社が違うから、かな?」
「でも、バスだよバス?」
 まぁ、それが趣味というものだろうとわたしが答えると。

「うーん、よくわかんない」
 由衣はそういいながら、首をゆっくりと横に振る。


「趣味とか理解してあげるのって……大切じゃない?」
「そう?」

 一瞬わたしは、由衣は『大切なひと』に無関心なのかと思ったけれど。

「ま、うれしそうだしそれでいっか」
 なるほど、彼女はそんなふうに考えているらしい。



 それから由衣は、一度ミーティングルームにいっていいかとわたしに聞く。

「なんか、喉かわいてさ」
「そう」

 まぶしいくらいの、楽しそうな顔。
 そんなときの由衣は……ちゃんとかわいくて。


「じゃ、いってくるね」
 歌うように、弾む声が。

「ありがと、千雪」
 幸せの余韻だけを、置いていく。



 最後に到着するバスは、ずいぶんと遅れているらしいので。
 これでわたしは、静かに待てる。
 そう思ったところで、なんだか。

 ……『招かれざる誰か』が、あらわれた。

「やぁ、市野(いちの)さん」
 えっと確か、五組の人だよね?


「なにか、お困りごとですか?」
「いやいや、そうっていうか。なんっていうか相談っていうかさ」

 なんだかはっきりしないけれど。
 夕食までの自由時間に、ふらりとあらわれたその男子生徒がきた理由については。
 一応わたしも、それなりには……想像できる。


「ほら、せっかくの機会だし。よかったら俺と市野さんとでさ……」
 案の定、なにかの『お誘い』のようだけれど。
 興味を持てないわたしは、話しの途中で。

「はい? 『三藤(みふじ)先輩』ですか?」
「えっ?」
「どうぞ、指示をお願いします」

 手元にあったインカムを使って。
 月子(つきこ)ちゃんからの『架空の連絡』を受けるふりをする。


「あ、あのさ?」
「ごめんなさい、すぐにやれという命令なんです」
「い、いやさ」
「噂くらい聞いたことあるよね? 三藤先輩って超絶怖いんだけど?」
「で、でもさ……」
「すぐ取りかからないとわたし、呪いとかかけられるレベルでまずいの」
「ひいっ……」

 よかった、やっと消えてくれた。
 月子ちゃんには悪いけれど。
 でも、効果があってよかった。


「やっぱり、日頃から他人に無愛想なだけあるよね」
「誰の話かしら、千雪?」
「もちろん月子ちゃんですって……えっ?」

 もしかして……そこにいたんですか?







 ……よくそれだけ、『先輩』の悪口をいえるのね。

 おかげで千雪の『本音』が……よくわかったわ。



「あの。ど、どうしてここへ?」
「由衣がね、路線バスがどうのこうのってうるさいのよ」
「えっ?」
「あとやたらと……『まぶしい』のよね」

 わたしはぶっきらぼうに千雪につげると。
 左手で肩にかかった髪を、サッとはらってみせる。

「思いっきり『後輩の悪口』になっていませんか?」
「そうかしら。ただの感想のつもりなのだけれど?」


「……ふふふっ」
 なんなの千雪、その奇妙な笑いは。

「月子ちゃん、ごめんなさい」
 謝るにしては、おかしいでしょう?


「あと……『割と』、うれしかったです」
 なんだかひとこと、余分ではあるものの。
 千雪はそれなりには、わたしに謝罪と感謝を口にすると。

 目元にうっすらと浮かんだ涙を隠すことなく。
 わたしにその瞳を……しっかりとあわせてくる。




「月子ちゃん、わたし……」

 その言葉の続きを聞いてよいのか。
 いや、聞く資格がわたしにあるのか。


 ……そうではなくて、聞く覚悟がわたしにはなかった。


「ごめんなさい……」
 千雪の気持ちや、願いを聞けば。
 わたしは自分が苦しくなる。

「勇気がなくて、ごめんなさい」
 あなたは、そんなわたしを責めることなく。

「わかりました」
 なんというか……わたしよりずっと。



 ……『覚悟』を、決めていた。



「一瞬弱ったわたしは、忘れてください」
 千雪は静かな声で、わたしにつげると。

「できますよね?」
 少し挑戦的な声で聞いてくる。

 プライドの高い彼女は、同じくプライドの高いわたしのために礼をつくして。
 わたしはわたしで、それに応じることを迷わず選んだ。


「そもそも『他人』に、興味はないのよね」
「知ってます、だって月子ちゃんですから」

 ……友人を作るのが苦手なふたりには、この空気感がちょうどよい。

「それにそもそも、先輩と後輩なんで」
「そうね。せっかくならかわいらしい後輩がほしかったわね」
「それなら、きちんと世話してくれる先輩がよかったです」


 そう、この関係性が……ちょうどよい。



 そのあと、時間どおりに戻ってきた海原くんは。
「おふたりは……ひょっとして仲良くなりました?」
 なんだか『妙なこと』を、聞いてきた。

「そうかな?」
「そうかしら?」


 わたしたちは特に、『はい』とは答えはしなかったけれど。

 ただ、互いに少し笑顔で……否定だけは、しなかった。