恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……大好きなひとの、気配がする。

 ミーティングルームにある、ホワイトボードに。
 予定を書きこんでいたその途中。
 わたしは思わず……手をとめた。



「あの、三藤(みふじ)先輩?」
 隣で並んで作業をしていた海原(うなはら)くんが。
 不思議そうな顔で、わたしを見る。

 ただ、続いて誰かが扉をノックする音が聞こえると。
 彼は思わずマーカーを落として。
 それからただただ……固まった。


「お客さまが、いらっしゃいました」
 扉をひらいた暖花(ほのか)の言葉に。
 海原くんは、訂正することさえできなくて。

「ちょっと、暖花」
「お客さまじゃないで・し・ょ」
 彼と同じく、ノックの音だけで誰だか『判別済』の千雪(ちゆき)姫妃(きき)

美也(みや)ちゃんなんだから、そういいいなよね」
 そして由衣(ゆい)が続けざまに、暖花につげると。


「そうでしたね、失礼しました」
 暖花がやや不満そうな顔で、返事をする。


 それから部屋にいた全女子の視線が、扉口に集中する中で。
「た、ただいま……」
 美也ちゃんが照れくさそうに、ニコリと笑うと。

 おとずれたのは……ちょっとした沈黙だった。



「おかえりなさい、美也ちゃん」
 しかたなくわたしが最初に。
 それからみんなが、順々に『おかえり』と口にすると。

「と、都木(とき)先輩……」
 ようやく海原くんが、そこまでいいかける。

「た、ただいま。海原君」
 もう、美也ちゃんったら。
 待ちきれなくて、たまらなかったのね。


 ……ただそれなら、海原くんには『ぜひ』聞いてほしいことがある。


「海原くん、ほかになにかないのかしら?」
「ぼ、僕がですか?」
 なるほど、『戸惑い』の理由はみんなと同じらしいものの。

「あ、ありません」
 ここはそうは、いかないのよね。


「えっ、なになに?」
 お願い海原くん。
 早く美也ちゃんに質問してあげて。

「あの……どうして『制服』なんですか?」
「ちょ、ちょっと暖花!」
 あなた、ここまで美也ちゃんと一緒にきたのに。
 なんでいまさら、質問するのよ?


「えっ? だって佳織(かおり)先生にいわれたから」
「はい?」

「私服だと目立つから、制服にしろって連絡きたんだけど?」
「み、美也ちゃん……」
 自分が騙されているという、自覚はないの?

「ちょっとまって月子(つきこ)、わたし騙されたの?」
「……その自覚、ないのですか?」
「ない……けど?」

 あぁ、さすが美也ちゃん。
 どこまでもブレない、その純朴さは偉大でしかない。

「それ、嫌味にしか聞こえない」
「いいえ、ほめ言葉のつもりです」
「でもほら、修学旅行のお手伝いだから。やっぱり制服のほうが気楽でしょ?」
「えっ?」


「都木先輩、『制服姿で』手伝ってくださるんですか?」
 あの、海原くん。
 どうしていまだけ反応が早い上に。
 その……『制服姿』を強調するの?

「せ、制服姿で。お手伝いします」
 おまけに美也ちゃんが。
 いまさら『制服姿』なことに照れだして。

「や、やっぱり着替えてこようか?」
 一度家に戻ると、あわてだす。



「制服で、いいんじゃないですか?」
 美也ちゃんを落ちつかせたのは、そんな暖花のひとことで。

「女子大生の私服とか……修学旅行には不要です」
 ただあなた。
 よくその澄ました顔で、いえるわね。

「そうだよね! 暖花」
「はい、そのとおりです美也ちゃん」
 しかしこのふたりは、いったいどうやって会話を成立させているのだろう。


「ねぇ月子、暖花って『似てる』よ・ね」
 隣の姫妃に、『誰と誰が』とは聞くつもりがないわたしは。
 その嫌味な視線を無視すると。

 ひとつ、いやふたつほど確かなことがあると。
 ひとり心の中で、静かに声にする。


 ……まずわたしは、美也ちゃんがきてくれてうれしい。


 そしてやっぱり、海原くんは。



 ……美也ちゃんがいると、幸せそうな顔をする。




 わずか数ヶ月しかたっていないはずなのに。
 美也ちゃんが卒業して、玲香が留学にでて以降。

 海原くんもわたしも、どこか心の中に。
 ぽっかり穴が、あいていた気がして。
 それを埋めることのできるチャンスが……やってきた。



「よし、これで全員そろったね!」
 一見、なにも考えていないようでいて。
 実はいろいろ考えてくれているのは。

「じゃ、わたしお土産のお守り買いにいってくるね!」
 顧問の佳織先生と、その『相棒』で副顧問の。

「じゃないと『あの子』が、泣くから。よろしくっ!」
 響子(きょうこ)先生のふたりなのだろう。




「それじゃ、はじめよっか月子?」
「はい、美也ちゃん」
 海原くんを挟んで、この三人で並ぶと。
 わたしの顔は……自然にほころんで。


「月子ちゃん、場所かわりません?」
「『新入り』は末席で働きなさい」
「うわっ、その考え時代錯誤です」
 遠慮のない暖花は、慣れてくれば気にならないし。

「美也ちゃん。ちょっとその席、動こ・う・よ」
「えっと、あとで・ね」
「ケ・チ・〜」
 姫妃は姫妃で、楽しみながらやっている。


「海原! どうなってんのこれ!」
 それに由衣は……あくまで独自路線のままで

「海原! 早くしてよね!」
 彼に容赦ないのが、爽快だ。


 ……そしてここに、もうひとり。


「海原君、確認にいくんだけど」
「う、うん」
「あとから、きちんと見にきてくれないかな?」
 確実になにか……含みのある千雪がいる。




「なんだか、臨時の『放送室』みたいだね」

 そういってまたうれしそうに笑う、美也ちゃんは。
 わたしが大好きな存在であるとともに。
 油断のできない『ライバル』だ。

 ……だからこそ、わたしはもう一度。

「おかえりなさい、美也ちゃん」
 そんな気持ちを、言葉にこめて。


「確かに、不吉な感じがします」

 あえて昔のように……憎まれ口で、返事をした。