恋するだけでは、終われない / 恋したことなら、忘れない


 ……西に向かう新幹線の車内に、『ある』アナウンスが流れると。

 海原(うなはら)が慌ててどこかに飛んでいき。
 それから、月子(つきこ)ちゃんと暖花(ほのか)がそろって。
 特大のため息を……ついている。



「なにか、あったんですか?」
由衣(ゆい)は、知らないほうが幸せよ」
「由衣ちゃん、きっとそのほうが修学旅行を楽しめます」

 ……どこか遠くの号車のトイレが『つまった』だけなのに、変なの。

「どうしたのか・な、海原君?」
「えっと……姫妃(きき)ちゃん?」

 千雪(ちゆき)は、わたしたちと一緒にいたはずなのに。
 なにか思うところがあるらしく。

「十分くらい待って戻らなかったら。先に配る準備、はじめませんか?」
 みんなの軽食タイムのためにと。
 サンドウィッチをわけておこうと提案する。



 ……そういえば、まだカツサンド取ってなかったっけ。

 海原はわたしに、先によけておいていいといっていたけれど。
 やっぱりちょっと恥ずかしいから……あとにしよう。

 わたしがそんなことを考えながら。
 しばらくたって、みんなと準備を終えると。

「ねぇ、由衣?」
「サンドウィッチ、取りにきた!」
 卓球部の女子たちが、ゾロゾロとやってくる。


「なに? もしかして、待ちきれないとか?」
「違うよ、ただのお手伝い」
「海原君に、頼まれたんだ」

「えっ? アイツに?」
「まぁ正しくは、海原君へのお礼かな?」

 そこでひとしきり盛りあがるのは、卓球部員のほうだけで。
 逆にわたしたち放送部員は。
 なんというか……聞けば聞くほど、より複雑な顔になってしまう。


「海原君、頼もしかったよね〜」
「そうそう、慣れてるって感じがした!」
「ごめん、あのバカ……なにしたの?」
「もう、そんなんじゃないってばぁ〜」

 彼女たちによれば、部員のひとりが具合が悪くなり。
 そこを『たまたま』とおりがかった海原が。

「向こうの車両に多目的室があるから、少し休んでみたら?」
 そう提案して、その子が横になれるように手配してあげたらしい。

 ……なにそれ、鉄道オタクの知識が役立っただけじゃん。

「なんか車掌さんも保健師さんも、手際がいいって驚いてたよね〜」
「そうそう。『前にも』体調悪い子のお世話、したことあるんだって」


「あぁ……『あれ』ね」
 アイツのいう『前』というのは。
 わたしと、月子ちゃんにとって『心あたり』のあることなのだけれど。

 卓球部の子たちは、それとは関係なく。
 また勝手にテンションがあがってきたようで。

「指示する姿とか、格好よかったよね〜」
「ほんと、迷いがなくてさぁ〜」
「もう、胸にキュンってきた!」
 なんだか……ありえないことを、口にする。



「……海原くんが『やたらと』親切な点については」
 でたよ、月子ちゃん。

「彼の『通常運転』ですので、お気になさらずに」
 その静かだけれど、あまりにフラットな声は。
 彼女たちの背筋を一斉にのばすだけでなく。

「それで……サンドウィッチ配りの話しに、戻ってもらえるかしら?」
「は、はいっ!」
 確実に、みんなを怖がらせている。


「あ、あの!」
「お礼したいっていったのは、わたしたちなんです!」
 それにしても……なんなの、卓球部?

 その子たちは、勇敢というか無謀というか。
 月子ちゃんにまだ『海原のこと』を説明しようとして。

「……そ、そうなのね」
 なんと月子ちゃんを……照れさせてしまった。


 下を向いた月子ちゃんは。
 先ほどの『圧たっぷり』の声から一気に変わって。
「お、教えてくれて。ありがとう」
 か細く、ぎこちなくなり。

「で、では……よろしくお願いします」
 それでもなんとか、律儀にそこまではいいきれた。


 ……まったく、アイツときたら。

「じゃぁ、お願いしていいかな?」
 頼んだのまでは、許すけど。

 ……『放送部のみんなも、少しゆっくりできるからありがとう』だなんて。

 そんな『気づかい』とかして、よそで勝手に。
 自分の株だけ……あげないでよね。




 ということで、それからのわたしたちは。
 なんともいえない気持ちのまま。
 非常に行儀よく、静かにアイツの戻りを待っていて。

 ずいぶんしてから、ようやく。
「いやぁ、いろいろあって遅くなりました」
 まぬけな声が……戻ってきた。

 ……で、誰が口火を切ればいい?

「そういえば高嶺(たかね)、カツサンドちゃんと取ったか?」
 アンタさ……なんでここで、わたしに聞いてくるわけ?


「ま、まだだけど?」
 実は、なにも考えられずにいるうちに。
 あの子たちが、全部持っていっちゃったの。

「じゃぁ、これ」
「えっ?」
「さっき『一緒に』配ってきたとき、ふと思ってさ」

 ……なにアンタ、あの子たちと『また』一緒になにかしてきたの?

 ところが、わたしが文句をいうより先に。

「では、みなさんもどうぞ」
 アイツはまるでなにかの『奇跡』みたいに。
 みんなが『気になっていた』種類をバッチリあてると。
 ひとりひとりに……手渡した。


 ……ねぇアンタ、本当に『あの』海原だよね?


 いや、でもコイツは……紛れもなく海原だ。
 だって『自分の分』だけは、その……。




(すばる)先輩。それ、ひとつかえてあげる」
 しまった、暖花に先を越された。

「海原くん。自分だけ『苦手なもの』に、しないでもらえないかしら?」
 月子ちゃんが、負けじとそれに続くと。

「は・い、ど・う・ぞ」
 姫妃ちゃんも笑顔で、アイツとかえっこしてあげている。


「そっか、おいしいのになぁ……」
 千雪は好物が違って、不満そうだけど。
 それでも覚えとくねと前向きで。


「……ん?」
「あぁ、高嶺は気にしないでいいからな」

 アイツはカツサンドだけを、食べておけと。
 まだ、苦手なものが残っているのに。
 わたしひとりが……『遠慮』された。




「……あげない」
「だよなぁ」


 ……違うよ、海原。



 わたしは仲良く『わけたり』、『交換しない』かわりにさ。



「それ、食べてあげる!」
 勢いよく手をのばしたわたしは。
 アイツの目の前で、苦手なものをパクリと食べると。

「おいしぃ〜」

 わざとらしいけれど、でも海原のために。



 うれしいのだと……笑ってみせた。