今は違う。
彼の頭を見つめながら、私は何度も心の中で叫んだ。
(煌河くん、お願いだから振り返って。私を睨みつけてもいいから、一度だけでいいから、目で私を見て)
だけど、その祈りが届くことは二度とないよね。
授業が終わりプリントを後ろの席の私に回してくる時。
彼は決して私の方を見ようとはしなかった。
ただ、プリントを掴んだ右手を後ろへと突き出すだけ。
私がそれを受け取ろうと指を伸ばすと、彼は私に触れるを避けるように、素早く指を離す。
ひらひらと机の上に落ちるプリント。
その紙切れ一枚が、私たちを隔てる物なんかに見えて、私は喉を突き上げる嗚咽を必死に殺した。
「自業自得だ。私が選んだ嘘だ」
心の中で、何度目かも分からない言葉を呟く。
私が彼を傷つけたのだ。
「――ねえ、李奈。聞いてる?」
23時を過ぎた私の部屋に、スマホのスピーカーから優奈の声が流れ込む。
電気を消した暗闇の中、画面の青白い光が私の顔を照らした。
優奈からの長電話は、あの日から毎日のようにかかってくるようになった。
「うん、聞いてるよ。煌河くんと、どうしたの?」
私は声を絞り出す。
口元には引きつった笑顔を浮かべたまま。
この笑顔を浮かべていないと声のトーンまで死んでしまって怪しまれると思ったからだ。
「今日ね、部活の帰りに煌河くんが一緒に駅まで歩いてくれたの。それでね、私が週末、新しくできた映画館に行きたいなって言ったら、彼、少し黙ってたんだけど、いいよって言ってくれて!」
受話器の向こうの優奈は本当に幸せそうに、恋する乙女そのもので話してくる。
「本当に、全部李奈のおかげ。あの時、李奈が背中を押してくれなかったら、私自分の気持ちを言えないまま泣いてたと思う。李奈は、世界で一番の親友だよ」
世界で一番の、親友。
その言葉は今の私の心臓に、全く刺さらなかった。
「ううん、私は何もしてないよ……。優奈が頑張ったからだよ」
「そんなことない!あ、でもね、最近の煌河くん、なんだか時々、どっか見てる時があるの。付き合えて嬉しいんだけど、本当に私のこと好きなのかなって、たまに不安になる」
心臓が嫌な音を立てた。
その視線の先にあるのか、私には苦しいほど分かっていた。
いや、分かっていると思いたかった。
彼の心はあの日、私のついた嘘によって砕け散り、その破片は今もあの教室に転がったままだ。
優奈の隣にいるのは、心を失った彼の殻でしかないのだ。
「……大丈夫だよ。煌河くん、シャイだから、付き合いたてで緊張してるだけじゃないかな」
私は自分の喉から、よくもまあそんな嘘が吐き出せるものだと、自分自身に嫌気が差した。
優奈を安心させるための言葉は、そのまま、彼女らをより深いところへと閉じ込めるための、重いものとなって積み上がっていく。
「そっか。李奈がそう言ってくれるなら安心だぁ。私、もっと煌河くんに好きになってもらえるように頑張るから!」
電話が切れた後、ツーツーという音が響く。私はスマートフォンをベッドに放り投げ、そのまま枕に顔を押し付けた。
枕が液体で濡れてきた。
手紙なんて開けばいい。
中身を読んで、すべてを白状して、煌河くんに謝ればいい。
頭の中のまともな自分がそう叫ぶけれど、私の身体は恐怖で動かなかった。
今さら本当は私も好きだったなんて言ったら、優奈のあのキラキラとした幸せを無惨に引き裂くことになる。
大親友を裏切り、その心をずたずたにして手に入れる恋なんて、そんなの絶対に幸せなんかじゃない。
それに何より――。
忘れてたなんて言った私を、煌河くんが今さら許してくれるはずがなかった。
あの瞳で、今さら何言ってるの?と吐き捨てられるのが、死ぬほど怖かった。
だから、私は嘘をつき続けるしかない。
この三角形の中で2人の幸せを願い続けるしかないのだ。
そうして、1ヶ月が過ぎ、3ヶ月が過ぎ、季節は梅雨から茹だるような夏へと移り変わっていった。
私たちの関係は、完全にその形を固定されたまま。
彼の頭を見つめながら、私は何度も心の中で叫んだ。
(煌河くん、お願いだから振り返って。私を睨みつけてもいいから、一度だけでいいから、目で私を見て)
だけど、その祈りが届くことは二度とないよね。
授業が終わりプリントを後ろの席の私に回してくる時。
彼は決して私の方を見ようとはしなかった。
ただ、プリントを掴んだ右手を後ろへと突き出すだけ。
私がそれを受け取ろうと指を伸ばすと、彼は私に触れるを避けるように、素早く指を離す。
ひらひらと机の上に落ちるプリント。
その紙切れ一枚が、私たちを隔てる物なんかに見えて、私は喉を突き上げる嗚咽を必死に殺した。
「自業自得だ。私が選んだ嘘だ」
心の中で、何度目かも分からない言葉を呟く。
私が彼を傷つけたのだ。
「――ねえ、李奈。聞いてる?」
23時を過ぎた私の部屋に、スマホのスピーカーから優奈の声が流れ込む。
電気を消した暗闇の中、画面の青白い光が私の顔を照らした。
優奈からの長電話は、あの日から毎日のようにかかってくるようになった。
「うん、聞いてるよ。煌河くんと、どうしたの?」
私は声を絞り出す。
口元には引きつった笑顔を浮かべたまま。
この笑顔を浮かべていないと声のトーンまで死んでしまって怪しまれると思ったからだ。
「今日ね、部活の帰りに煌河くんが一緒に駅まで歩いてくれたの。それでね、私が週末、新しくできた映画館に行きたいなって言ったら、彼、少し黙ってたんだけど、いいよって言ってくれて!」
受話器の向こうの優奈は本当に幸せそうに、恋する乙女そのもので話してくる。
「本当に、全部李奈のおかげ。あの時、李奈が背中を押してくれなかったら、私自分の気持ちを言えないまま泣いてたと思う。李奈は、世界で一番の親友だよ」
世界で一番の、親友。
その言葉は今の私の心臓に、全く刺さらなかった。
「ううん、私は何もしてないよ……。優奈が頑張ったからだよ」
「そんなことない!あ、でもね、最近の煌河くん、なんだか時々、どっか見てる時があるの。付き合えて嬉しいんだけど、本当に私のこと好きなのかなって、たまに不安になる」
心臓が嫌な音を立てた。
その視線の先にあるのか、私には苦しいほど分かっていた。
いや、分かっていると思いたかった。
彼の心はあの日、私のついた嘘によって砕け散り、その破片は今もあの教室に転がったままだ。
優奈の隣にいるのは、心を失った彼の殻でしかないのだ。
「……大丈夫だよ。煌河くん、シャイだから、付き合いたてで緊張してるだけじゃないかな」
私は自分の喉から、よくもまあそんな嘘が吐き出せるものだと、自分自身に嫌気が差した。
優奈を安心させるための言葉は、そのまま、彼女らをより深いところへと閉じ込めるための、重いものとなって積み上がっていく。
「そっか。李奈がそう言ってくれるなら安心だぁ。私、もっと煌河くんに好きになってもらえるように頑張るから!」
電話が切れた後、ツーツーという音が響く。私はスマートフォンをベッドに放り投げ、そのまま枕に顔を押し付けた。
枕が液体で濡れてきた。
手紙なんて開けばいい。
中身を読んで、すべてを白状して、煌河くんに謝ればいい。
頭の中のまともな自分がそう叫ぶけれど、私の身体は恐怖で動かなかった。
今さら本当は私も好きだったなんて言ったら、優奈のあのキラキラとした幸せを無惨に引き裂くことになる。
大親友を裏切り、その心をずたずたにして手に入れる恋なんて、そんなの絶対に幸せなんかじゃない。
それに何より――。
忘れてたなんて言った私を、煌河くんが今さら許してくれるはずがなかった。
あの瞳で、今さら何言ってるの?と吐き捨てられるのが、死ぬほど怖かった。
だから、私は嘘をつき続けるしかない。
この三角形の中で2人の幸せを願い続けるしかないのだ。
そうして、1ヶ月が過ぎ、3ヶ月が過ぎ、季節は梅雨から茹だるような夏へと移り変わっていった。
私たちの関係は、完全にその形を固定されたまま。



