幸せを願う嘘をひとつ

私の思考で、さっき見た優奈の泣き顔が張り付いて離れなかった。
優奈は本当に泣き虫だ。
感情の容量が小さくて、彼くんのことを想うだけで胸がいっぱいになってすぐにボロボロと涙を零してしまう。

彼女が煌河くんをどれほど愛しているか、私は誰よりも知っている。
夜遅くまでの長電話で、彼の一挙一動に一喜一憂する彼女の声を、ずっと一番近くで聞いてきた。

さっきの校門前で、私を掴んでいた優奈のあの指の力を、私はまだ鮮明に覚えている。

『煌河くん、私に優奈のこと可愛いなって相談してきたんだもん。私、全力で応援するよ!』
自分が吐き出した嘘のセリフが、頭の中で何度も何度もリフレインする。

もし、今ここで私がこの手紙を開いて彼の気持ちを受け入れてしまったら。
明日から私は、どんな顔をして優奈の前に立てばいいのだろう。
私を1ミリも疑っていないあの瞳に私はどんな言い訳を並べればいいのだろう。

大親友を裏切り、その心をハンマーでずたずたに砕いて、破片を踏みつけながら手に入れる恋なんて、そんなの、幸せと呼べるはずがない。
「……読めないよ、こんなの」
ぽつりと出た声はすぐ消えた。

もし読んでしまったら、私の心はきっと優奈への罪悪感よりも煌河くんへの恋心に負けてしまう。
彼のもとへ走りたいという衝動を抑えきれなくなってしまう。
それが怖かった。

私は引き出しを開け、一番奥にそっと押し込む。
ガタ、と音を立て、閉める。
その瞬間、私の高校生活の輝かしいはずだった青春は終わりを迎えたのだ。
それから電気も点けないまま、ベッドの中に制服の姿のまま潜り込んだ。

暗闇の中でどれくらい時間が経ったのかもわからない頃、枕元に放り出していたスマートフォンが振動を漏らした。
放つ光が私の目を容赦なく痛めつける。
画面に表示されていたのは、優奈からのメッセージだった。

『煌河くんと仲良くできたよ!』
文末に添えられたハートマーク。

それはさっき私がついた応援するという嘘を信じ切って、彼女が勇気を振り絞って彼に連絡をとった証拠だった。
胸が痛くて、息が上手くできない。
私は指先を震わせながら液晶のキーボードを叩いた。

自分の顔がどんな風になっているかも分からないまま、文字を打ち込んでいく。

泣いているのを隠すため、精一杯の、嘘の笑顔の絵文字を3つ、語尾に添えて。

『良かったね。お幸せに』

送信ボタンを押した瞬間、画面はすぐに暗くなった。
光を失ったガラスの向こう側に醜い顔した私がぼんやりと映し出されていた。

明日教室で煌河くんと目が合ったら、私は一体どうすればいいのだろう。
彼が「手紙、読んでくれた?」と聞いてきたら、私はどんな残酷な言葉で、彼の心を切り裂けばいいのだろう。