時間的余裕も今日はあるから、何か煮込もうかなあ。
今までのスーパー内での不審な行動から、一人にするのは若干不安が残されたが、イケメンとはレジの所で待ち合わせる事にして、私は一人で店内を回ることにした。
買い足したかった洗剤等のコーナーを曲がったところで、意気揚々とカートを引いているイケメンの姿を見かけた。
籠は二つに増えているが、フルーツとお菓子っぽい派手な箱しか入っていない。
私の姿を認め、彼が軽く手を上げた。
たったそれだけの動作なのに、緩く曲げられた腕の線とか、それによって造られるシャツの皺とか、何かを言いかけ開かれた唇の隙間とか、計算されつくされた数値で構成されている。
そしてあんなに目立つ容貌なのに、誰も振り返らないのが、凄い。
もしかして私が、世間知らずすぎる?
無事、食料確保という任務を完遂させた私達は、やっとお互い名乗りあいながら、レトロなマンションに向かって、ぽつぽつ会話しながら帰っている所だ。
イケメンもといアレクシス=ドゥ=フォルジェは、まだ来日して十日程だという。
この辺の地理も当然詳しくなく、今は仕事環境を作る準備の最中で、今日初めてあのマンションの敷地から外に出たらしい。
引きこもりっぷりは私の上をいっていた。
仕事環境ってなんだろう。
投資家とかかなあ。
「成る程、アヤノは家で仕事をしているということか?」
少しだけ嬉しそうな声でアレクシスが微笑む。
「そうですねー。私もあまり外出しないので、一週間に一度は食材の買い溜めとかしてるんですよ」
「では、次回の外出時も共に来てくれないだろうか?」
「別にいいですけど……。あ、それより鍵返していいですか?」
衝撃的再会で、うっかり忘れていた。
「それは困る」
「困るのは私の方です。だいたい他人に持たせているのは不用心だと思いますよ。家族や恋人ならともかく」
「では恋人ということにすれば良いのでは」
さらりと言ってのけたその顔には、先ほどまで自動ドアに怯えていた情けない気配は微塵もない。
冗談めかしているはずなのに、ふわりと微笑む口元や声音には、妙に手慣れた余裕と色気が漂っていた。
不覚にも動揺してしまう自分がちょっと情けない。
アレクシスみたいなタイプはそういうのに慣れていそうだけど、大学卒業以降うわついた話は私にはないのだ。
私の反応に、肩を揺すって笑うの、ちょっと性格悪くない?
「エレベーター、一人で乗ってもらいますよ」
「そ、それは却下する!」
閉まるのボタンをさっさと押すと、ドアに挟まれたアレクシスが悲壮な顔をしながら飛び込んできたので、内心で反省する。
この浮遊感、確かにあんまり好きじゃないけど、階段を十一階分登るのは断固拒否したい。
「ところで、アレクシスさんは果実食主義者ですか?」
なんとなく聞いてみた。
「好きな物を好きなだけ食べる生活をするのが夢だったんだが……」
マンションの通路には、食欲をそそる匂いが漂っている。
どっかの家はカレー作ってるなこれ。
アレクシスのお腹がぐうっと鳴り、彼ははっとしたように両手に下げている自分の荷物に視線を落とす。
そして私の荷物にも。
「アヤノは料理する事が出来るのか?」
「……それなりに」
「腹が空いた……」
情けなくも再びお腹が鳴る音がする。
予想できるこの先の展開はお約束過ぎる。
かくしてアレクシスは我が家に再度、来訪した。無論、鍵の引き取りが条件である。



