王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中

深夜の事件から数日後。
隣人の気配は全くない。
というか、私の生活自体が一般人と比べ少しずれている所為もあると思う。
今日も目覚めると午後を大きく回っていた。

彼がもしも、出張中のビジネスマンだとしたら、この時間帯は当然外出中だろう。

昨晩の雨は嘘みたいに、蒼穹が窓向こうに広がっていた。
そろそろ、書き下ろしのアンソロジー用プロット作成に取り掛かろうかな、と、まだ上手く稼働しない頭で思った。

その前に洗濯と掃除。
未だに誘惑の腕を伸ばしてくる布団を跳ね上げ、身体を起こす。
タブレットを引きよせ、メモ帳を確認すると、数日前に眠気半分で打ちこんだであろう文字列に、半笑いを浮かべた。

「大型わんこ系、裏家業、うーん主従者も有りかなあ。お世話係(攻)×主人(受)とか」

壁面の本棚を遠目に眺めるだけにしておく。
脳内妄想を開始させてしまうと、この非常に住み心地の悪そうな部屋が片付かなくなる。

基本的に私は片付け魔だ。
決めた場所に置かれていない資料の山や、クリアファイルの端から飛び出している紙など見るとぞっとしてしまう。

それでも締め切り直前は、どうしても部屋が荒れる。
床上にそのまま放置されてある雑誌や本の紙束。
定位置にないゴミ箱。

この数日気になるところは片付けていたのだが、洗濯日と決めていた昨日は生憎の雨模様で、それが叶わなかった。

ぼんやりしたまま、ベッドシーツや枕カバーをひっぺがす。
空気の入れ替えついでに窓を開け放つと、心地よい風がカーテンの裾を揺らした。
リネン類を洗濯機に放り込み、スイッチをいれる。
お気に入りの柔軟剤の残りが僅かだった為、オートモードではなく、洗濯モードだけにしておき、買い出しも兼ねて近所のスーパーにでも行こう。

こんなにのんびりできるのもどうせ後数日位だし、久しぶりに夕飯でも作ろうかなあ。
冷蔵庫の中身もそこそこ乏しくなってきているし、一週間分は買いだめしておきたい。

どうせご近所だしと、ちょっとした外出時はすっぴん眼鏡のままだ。
ルームウェアはカーディガンを羽織ってしまえばワンピースっぽく見えるし、知り合いが居るわけでもないので、気にしない。

サンダルをつっかけた所で、キーラックに余分に掛かっている鍵の存在を思い出した。
ついでに1階の隣人のポストに入れておこう。
ドアを開けた瞬間。

「ごんっ」と鈍い音が響いた。

「――!」

額を抑え、呻いている隣人がいる。

「なに、しているんですか」

彼は、私をその麗しの蒼い瞳で捉え、躊躇するように唇を薄く開き長い溜息を吐いたのち、憂える声で「ついに食料が尽きた」と言った。

そんな色気を漂わせながら、隣人の食糧事情を報告をされても、反応に困る。
じいっと探るように見つめないで欲しい。
あの夜も思ったけれど、神々しい生身のイケメンには、慣れていない。

買い物に行こうとドアを開けた手前、再び閉じるわけにもいかず、私たち二人の間には、また重たい空気が流れる。
暫くの間、唇をぎゅっと引き結んでいた隣人は、切なげに言った。

「食料を確保しに行きたい……」

低く掠れた声から発せられる内容は兎も角、いちいち創作欲を掻き立てられるような所作は、とても興味深かった。
少しだけ考える素振りをすると、苦しげに眉根が顰められる。
私自身、一部には大ウケするような加虐趣味は持ち合わせていないはずなのに、うっかり顔がにやけそうになってしまった。

「――それでは、ちょうど買い出しに行く所だったので、一緒に行きますか?」