行き交う人々の波が急に押し寄せ、私は道を失わないように、アレクシスが差し出していた腕につい縋ろうとして――、止めた。
王子の矜持を覗かせた今の彼に、日本のポンコツ居候と同じように触れていいのか分からなかったのだ。
しかし、そんな私の躊躇いを見透かしたように、アレクシスは大きな掌で私の手をスッとすくい上げ、人混みから庇うように自分の胸元へと強く引き寄せた。
「はぐれるぞ。俺から離れないでくれ」
耳元に落とされた甘い低音に、心臓が大きく跳ねる。
同じように身体を制止させたアレクシスが、とある方向に掌を向ける。
「あ! ありましたね! ポスター……はこちらで通じないですね! 宣伝板です!」
すっかり現代日本かぶれになっているシリルが、選挙ポスターを掲示するようなでかい板に貼られているイラストを見て、声を弾ませた。
シリルの声のおかげで、私はなんとか正気を保つことができた。
そこには、見慣れた私の描いたイラストが大きく印刷されている。
あの光沢……。
コート紙じゃないだろうな。
書籍が一般的に普及していない世界で、どでかく貼って良いモノとはとても思えないのだが、そこにはデカデカとこう記されていた。
【絵師アヤノ様 ご署名入り指南書発売 開催決定】
ポスターには、サイン会の告知と共に、アレクシスをモデルにしたイラストが大きく掲載されていた。
しかも、数パターンあり、料理をしている姿だけでなく、剣を構えた凛々しい姿や、優しく微笑む姿など、まるでアイドル写真集のようだった。
「アヤノ先生、すごい人気です」
シリルがなぜか得意げに言う。
街行く人々も、ポスターを見上げては「絵師アヤノ様か……」「どんなお方だろう」と噂し合っている。
彼らにとって『絵師アヤノ』はフォルジェ王国に突如現れた謎の絵師なのだ。
まさか、異世界である日本から転移してきた人間だとは夢にも思っていないだろう。
シリルの熱の入った解説によると、人々は、私の描く人物の内面性に強く惹かれているようだった。
「王子の憂いを帯びた表情に心を奪われた」「料理をする彼の姿に、隠れた強さを感じる」といった具合である。
どうやら、私の意図とは異なる解釈で、キャラクターがフォルジェ王国の女性たちの心を掴んでいるらしい。
宣伝板の横にある大きな石造りの建物は、さながらオペラハウスの如き外観をしていた。
なにやら由緒あるホールとのこと。
先日のイベントでもいっぱいいっぱいだったのに、事態がますます大きくなっていく。
下見した後、私たちは再び市場を歩いた。
アレクシスは、先ほどの紫色の巨大な果物『キングプラム』と、羽の生えた魚『スカイサーモン』を興味本位で購入していた。
「今晩は、これらの食材を使って、君のために新たな『愛の料理』を考案してみよう」
甘く優しく微笑む彼の意気込みは素晴らしいが、これらの未知の食材が合わさった料理の味を想像し、自分の肉体的および精神的な耐久力はどこまで持つのだろうか、と考えこむしかなかった。



