翌日、榊原の許可を得て、私たち一行はフォルジェ王国の王都へとやってきた。
もちろん、アレクシスはフードと眼鏡で厳重に変装済みだ。
転移陣で一瞬にして到着した王都は、賑わいを見せていた。
石畳の道には様々な人々が行き交い、見慣れない意匠の建物が立ち並んでいる。
空気は活気に満ちており、香辛料のようなエキゾチックな匂いが漂っていた。
「王都に下りるのは久しいな。隊商の出入りが少し増えたか」
アレクシスは周囲を静かに見回している。
その発言は、なんというかいつもとは違い、民草の営みを見守る為政者としての重みがあった。
高貴な血筋が滲み出る横顔に、私はなんとなく、どきりとした。
彼の完璧な顔立ちと怪しい変装は周囲の視線を集めていたが、幸いにもフォルジェ王国第三王子殿下だと気づく者はいなかったようだ。
私たちの目的は、アレクシスの新たな料理のための食材調達と、近々開催される予定の私のサイン会の会場下見である。
案内役は、この世界の事情に詳しいシリル(真)が務めてくれる。
そう、フォルジェ王国に到着したシリル憑き鈴村君とシリルは、ほどなくして分離したそうだ。
しかし生身のシリルはというと、髪色と目の色を多少変えた程度で、私の良く知る鈴村君に実に似た容姿をしていた。
榊原の説明によると、魂の構成が似ている場合、赤の他人でも似た容姿になるそうだ。
しかしここまでそっくりなのは非常に稀なため、現在、私の担当編集者である鈴村君は、国立魔術研究院にご招待をうけている。
無事を祈るしかない。
「まずは、食材市場へ向かいましょう。この世界の珍しい食材が手に入るはずです」
シリルの案内で、私たちは王都の中心部にある巨大な市場へと足を運んだ。
そこは、見たこともない野菜や果物、そして奇妙な肉や魚介類が所狭しと並べられており、独特の熱気に包まれていた。
アレクシスは、子供のように目を輝かせ、様々な食材に興味津々だ。
王都にお忍びで視察に下りたことはあっても、食材に着目して街を見るという発想は、以前の彼には無かったのだろう。
異世界転移した先が、わりと食文化的に充実していた国だったという事実は、彼にはかりしれない経験をもたらした。
彼は今、新たな料理のインスピレーションを得ようとしているようだった。
私も、生まれて初めて見る異世界の食材に目を奪われた。
鮮やかな色彩の野菜、鱗が虹色に輝く魚、そして、角が生えた獣の肉……どれもが魅力的だが、果たしてどんな味がするのだろうか。確かに見た目からして危険を感じる毒々しい鮮やかさに、気が済むまで焼きたくなる気持ちもわかる。
「こっちの世界って、図鑑みたいなのないんですか? 野菜とか動物とかなんでもいいんですけど」
思わず出た疑問に、アレクシスが残念そうに頷く。
「学術書はあるのだが、すべて王立図書館に収められている。あまり市井には出回っていないのが現状だ。だからこそ、アヤノの指南書は、フォルジェ王国民にとっては新たな指標を与えてくれる。君の描く世界が、身分を問わず民に新たな知見をもたらしているんだ」
真っ直ぐな称賛の言葉と、またもやいかにも王子様っぽい振る舞いに、背中の辺りがむずむずとする。
料理している時の頓珍漢発言と、今のセリフには天と地ほどの差がある。
先日から、これは何なのだろうか。
こちらの世界に来てから、少し私の心境にも変化が訪れている。
ストレスか。
確か本人が意識していなくても、長距離移動は身体に多大な負担をかけるはず。



