王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中


ゆっくりと目を開けると、そこは見たこともない石造りの広間だった。
天井は高く、ステンドグラスから差し込む光が、床の複雑な紋様を照らしている。
空気はひんやりとしていて、微かに香木の匂いがした。

「ここが……フォルジェ王国……」

庭に面する薔薇窓の向こうには、瀟洒な石造りの大きな屋敷が見える。

政治的に少々揉めている面々との無用な接触を避けるために、滞在先として選ばれたのは王都の一等地にある榊原の私邸だった。
私たちが今いるのは、その広大な敷地内にある『離れ』らしい。

「アヤノ殿、こちらが滞在していただく部屋になります。必要最低限のものは揃えてありますが、何か不足があればシリルに申し付けてください」

榊原は淡々と説明する。
彼の屋敷は、外見こそ立派だが、内装は驚くほどシンプルで無駄がない。
まるで、彼の性格そのものだ。

「まさか、榊原さんの屋敷に居候することになるとは……」

私が呟くと、アレクシスが興奮気味に部屋を見回した。

「ほう、これがコウの新しい住まいか。質素だが機能的な部屋があるとは、知らなかったな」

アレクシスは榊原の屋敷を質素と評したが、私から見れば十分すぎるほど豪奢だ。
そんな彼の言葉に、榊原の眉間にわずかに皺が寄った。

「質素、ですか。それは何より。さて、アレクシス様。あなたの故郷の食卓改革は喫緊の課題ですので、明日から本格的に取り掛かってもらいます。そのための厨房も用意してありますので、思う存分『伝説の料理』を極めてください。此度の帰還は内密のこと。陛下にのみ後程報告に上がります」

榊原はそう言い放つと、私の顔にも冷たい視線を向けた。

「絵師様には、アレクシス様の料理指導と指南書作成に専念していただきたく。もちろん、滞在中の食費や生活費はすべてこちらで負担します。ただし、一つだけ条件があります」

彼の言葉に、私の胃がキュッと締め付けられた。
この男の条件は、いつも厄介なものばかりだ。

「私の屋敷では、無駄な行動や発言は一切許しません。特に、アレクシス様の無駄な魔力発動は厳禁です。万が一、私の計算を狂わせるような事態が発生した場合、相応のペナルティを科させていただきます。ご理解いただけますね?」

榊原は、有無を言わせぬ圧力で私に同意を求めてきた。
彼の言うペナルティが何を意味するのか、想像するだけで恐ろしい。
莫大な借金を背負わされるか、異世界の炭鉱送りにされるか、そのあたりであろう。

「は、はい……」

私が力なく頷くと、榊原は満足げに頷いた。

「よろしい。それでは、ゆっくりお過ごしください」

そう言って、榊原はシリル憑き鈴村君を伴い、部屋を出て行った。

「これで心置きなく料理に打ち込めるな。こちらの食材でも再現可能か、試してみよう。まずは『攻めのシチュー』でどうだ?」

アレクシスは、早くもやる気に満ち溢れている。
私の胃痛は、異世界にまで来て、さらに悪化の一途を辿っていた。

この味方と呼べる味方が居るような居ないような異国の地での暮らしが、ついに始まった。