王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中


右手の中には鍵がある。

「はあ……」

思わず深いため息が漏れる。
右手の中で主張する真新しい鍵が、やけに重く感じられた。

まさか、深夜に隣人の鍵を預かる羽目になるとは。
しかも相手は、どう見ても二次元から飛び出してきたようなイケメンときた。

自分の部屋のドアを閉め、ドサリと床に座り込む。
コンビニで買った缶ビールはぬるくなっていたが、そんなことはどうでもよかった。

目の前にあるのは、現実ではありえない事態の連鎖だ。

まず、あの男が言っていた「この世界――いや! この異国」という言葉。
そして、身分証明書の入っていた、古めかしい革のトランクと、中に入っていた金塊。
どう考えてもおかしい。普通じゃない。

BL漫画家として、日々様々な妄想を形にしている私だが、まさか自分の生活圏でこんなぶっ飛んだ設定に遭遇するとは夢にも思わなかった。

まさか、本当に異世界から来た王子様だとか、そういうオチじゃないだろうな。

そういえば、数日前に隣から聞こえていた「ぐああんぐああん」という大きな音。
あれは、もしかして異世界転移か何かの音だったのだろうか?

いやいや、そんなとんでもファンタジーみたいな話、現実にあるわけがない。
漫画じゃあるまいし。

だがしかし、あの男の言動はあまりにも素朴で、そして、まるで世間知らずの子供のようだった。
鍵の概念を知らないかのような振る舞い。
スマホも固定電話も持っていないという常識外れな状態。
そして、あのゴールデンレトリバーのような、純粋な眼差し。

もし本当に異世界から来たのだとしたら、彼にとってこの日本は、文字通りの「異国」なのだろう。
そして、鍵の預け先が私しかいないというのも、ある意味納得がいく。

……いやいやいやいやいや、納得はしたくない。

疲労と困惑でぐらぐらする頭で、私は改めて右手の中の鍵を見つめた。
これを持っているということは、万が一の時、私が彼の部屋に「侵入」できてしまうということだ。

なんて恐ろしい権限だ。

もし、彼が本当にどこかの国の王子様だとして、この鍵を預けたのが私――三次元に興味がなく、引きこもってBL漫画を夜な夜な描いている女――だということを知ったら、果たして彼はどう思うだろうか。

間違いなく、絶望するに違いない。

しかし、今はどうすることもできない。
とりあえず、この鍵に関して今日のところ考えるのはやめておこう。
非常に私は疲れている。

……まさか、あのイケメンが、私の生活の根幹を揺るがし、深く深く関わってくることになろうとは、この時の私は知る由もなかった。