王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中

「アヤノ先生! 大変です! 朗報ですよ!」

原稿を仕上げたばかりで、意識が朦朧としていた私に、興奮した様子のシリル憑き鈴村君から電話がかかってきた。
彼の声は、いつも以上にハイテンションで、私の疲れた脳には少々刺激が強すぎた。

「朗報って、何ですか……またアレクシスさんの動画がバズったとかですか?」

「それもありますが、それどころではありません! 先生が作成された『異世界向け・日本の家庭料理指南書』が、フォルジェ王国で大ベストセラーになっているそうです!」

「はい?」

私の口から、情けない声が漏れた。

あの、私が徹夜して描いた、卵かけご飯のイラストから始まった、やっつけ仕事の料理指南書が?
異世界で?
ベストセラー?

「大賢者様……榊原さんからの情報です! 魔法水晶投影機で流れた映像広告が大反響を呼び、そこにアヤノ先生の料理指南書の告知を乗せたところ、注文が殺到しているとか! 特に『絵師アヤノ』の描くイラストが、フォルジェ王国で非常に人気らしいです! ちなみに初回予約特典には書き下ろし似姿ポストカードを検討中です」

「絵師アヤノ……?」

私は自分の胃の痛みが、新たな種類の痛みに変わるのを感じた。
顔出しNGでひっそりと活動している私のペンネームというか本名が、まさか異世界で有名になっているとは。

その時、スマホの着信とともに液晶画面に『榊原向陽(異世界/大賢者)』という文字列が浮かぶ。
彼の声は、電話越しでも冷徹な響きを帯びていた。

「あなたの功績は素晴らしいものです。まさか、あの程度の簡素な指南書が、フォルジェ王国の食文化にこれほどのインパクトを与えるとは、私も計算外でした」

「簡素って……」

私の苦労を知らない榊原の言葉に、思わず反論しかけるが、彼の次の言葉で、その抗議は喉の奥に引っ込んだ。

「特に、指南書に描かれた『料理をする男性の人物像』に、フォルジェ王国の女性陣が熱狂しているとか。あの、アレクシス様の姿を模したイラストが『理想の男性像』として広く受け入れられているようです」

榊原は淡々と語るが、私がアレクシスをモデルに描いた、ある種漫画の表紙を飾りそうな構図で料理をしている絵だったことを思い出し、私は顔から火が出そうになった。
卵を混ぜる真剣な表情、フライパンを振る腕の筋肉の描写……確かに、日本の読者にも好評だった部分だ。
それが異世界で『理想の男性像』として受け入れられているとは。

「その影響で、フォルジェ王国では、料理をする男性、特に同様な恰好を意識して料理をする男性が増加していると伺っております。国民の食に対する意識も高まり、王国の未来は明るいことでしょう。これもひとえに、先生の功績でございます」

榊原はそう言って、電話を切った。
私の与り知らぬところで、私のBL的解釈が異世界の男性像にまで影響を与えているのか。
胃の痛みが、頭痛にまで波及してきた。

「アヤノ先生! フォルジェ王国から、先生のサイン入り指南書の増刷依頼が来ています! サインの横に、先生のイラストも入れてほしいと!」

シリル憑き鈴村君の興奮気味な言葉に、私はガックリと肩を落とした。

行ったこともないような世界にまで、知名度は広げたくない。
というか、日本の出版社社員である彼が、異世界でのマネジメント紛いなことをして問題はないのだろうか。
まあ、日本でも異世界でも榊原プロデュースなのだから、もう彼に任せておけば良いのか。
これ以上、余計な事は考えたくない。

神妙な顔つきで話を聞いていたアレクシスが、無駄に色気のある角度で私を見下ろしてくる。

「俺の『伝説の卵かけご飯』が、故郷の人々の心を掴んだようだな…… さあ、次は『攻めの味噌汁』の指南書を頼むぞ」