「この『漆黒の液体』が、『卵』と『ご飯』を、まさしく『絆』のように結びつけるというわけか……」
アレクシスは、醤油を差す動作を真剣な顔で繰り返している。
彼の故郷では生卵を食べる習慣がないため、その概念を理解させるだけでも一苦労だった。
私が描いたイラスト指南書には、卵を割る手順から、醤油をかける量、そして混ぜ方まで、事細かに描かれている。
「そう、それが『醤油』で、卵とご飯を混ぜることで、より美味しくなるんです。混ぜ方が『愛』の深さを表す、みたいな感じで……」
アレクシスの理解を促すために、ついついBL匂わせ比喩で説明するのが癖になってしまっていた。
その度に、アレクシスは蒼色の瞳を輝かせ「なるほど……愛の深さか。奥深いな、ニッポーンの食文化は」と感嘆する。
横で動画を撮影しているシリル憑き鈴村君は、顔面蒼白でスマホを構え、時折、榊原からの「シリル、しっかりしなさい。無駄な言動は慎んでください」という部下への遠隔指導の声に身体を震わせていた。
典型的な巻き込まれキャラクターなだけに、同情よりも観察の方が勝ってしまう。
そして、ついに『王子謹製:伝説の卵かけご飯』の動画が完成した。
サムネイルには、アレクシスがキラキラの笑顔で完璧なTKG(卵かけご飯)を片手で掲げ、背景には漫画のアレス王子が描かれた煌びやかなイラストが合成されている。
動画のテロップには、私が考えた「混ぜれば混ぜるほど愛が深まる! 王子サマ直伝、伝説の卵かけご飯!」という煽り文句が躍っていた。
「素晴らしい出来栄えです。 これなら、きっとフォルジェ王国の国民も、この素晴らしい食文化に興味を持つでしょう」
榊原は、動画を確認し、眼鏡の奥で満足げに光る目を私に向けた。
「あの……この動画って、どうやってフォルジェ王国に届けるんですか?」
私の素朴な疑問に、榊原は冷笑した。
「簡単なことです。王城には、私が設営した魔法水晶投影機がありますから。映像データというべき事象を、魔力を行使して投影する装置です。つまり、彼らはこの動画を、大画面で視聴することになります」
本当の魔法を知らない私にとっては想像の付かない仕掛けだが、兎も角、大画面で、アレクシスがTKGを混ぜる姿が、流されるのか。想像するだけで、私の中の何かが弾けそうだった。
しかも、よりにもよって卵かけご飯。
日本のソウルフードとはいえ、異世界に突然流れて大丈夫なのだろうか。
「ただし、この魔法水晶投影機は、現在フォルジェ王国におきまして、王位継承者の方々による政治宣伝合戦の主要なツールとして活用されております。そのため、アレクシス様の動画が、そのまま放映されるわけではございません」
榊原の言葉に、私は首を傾げた。
「どういうことですか?」
「王太子殿下の『穏健派の政策発表』や、大公姫殿下の『魔術研究の成果発表』といった、王国の未来を左右する重要な情報番組の合間に、アレクシス様の動画が流れる、ということになります。言わば、コマーシャルのようなものですね」
つまり、真面目な政治番組の合間に、突然、王子が満面の笑みで卵かけご飯を混ぜる動画が流れる、ということらしい。
フォルジェ王国の国民は、一体どんな反応をするのだろう。
その日の夜、私はカフェインの力で何とか最終原稿を完成させ、意識を朦朧とさせながらもデータのすべてを編集部に送信した。



