王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中


突如、あろうことか私のベッドの上に転移陣らしきものが光り輝き、三つ揃えのスーツに身を包んだ長身の男が、姿を現した。
銀縁眼鏡の奥の瞳は、怒りに燃え、その口元は冷たく引き結ばれている。
丁寧語ながら、その声には容赦ない苛立ちが込められていた。

「この多忙な折、私が直々に日本まで赴かねばならぬとは、一体どういう了見でしょう…… 王国の財政状況は火の車、強硬派の動きも活発化しているというのに、相も変わらず呑気に『伝説の料理』とやらを極めていらっしゃる。 お陰で私の個人財産から金が湯水のように消えているではないですか」

榊原は、目の前のコーヒーカップと、その奥に広がる私の散らかった原稿を見て、さらに眉間の皺を深くした。
彼の堪忍袋の緒は、とうに限界を超えていたようだ。

「コウ! まさか……『伝説の料理人修行』を邪魔しに来たのか?」

アレクシスは、黒髪銀縁眼鏡の唐突な出現に驚きつつも、どこか不満げに反論する。

「お邪魔だと仰せでございますか。貴方は私の常識をはるかに超えていらっしゃいますね。よろしいでしょう、アレクシス様。今から私が、この世界の現実というものを、貴方様の心に深く刻み込ませていただきます」

冷たい視線がアレクシスを射抜く中、私はその三つ揃えのスーツの着こなしと、冷酷に光る銀縁眼鏡の造形美に、ついプロの目線で点数をつけていた。

……なるほど、アレクシスが王道の『天然愛され受け』なら、この男は『冷酷ドSなインテリ当て馬(実は重い感情を抱えている)』あたりになり得る絶好のキャラクターだな。

私はあらゆる現実を向こう側に押しのけつつ、この異常な状況の行く末を見守るしかなかった。

「アレクシス様、心中で『伝説の料理人』を目指されるのはご自由ですが、そのために私の私的財産及び国庫が傾いては本末転倒かと存じます。シリルからも報告を受けておりましたが、どうやら貴方様は、こちらの作家先生から『寄生されている』と思われているようですね」

榊原の言葉に、アレクシスは目を丸くした。

「寄生? 俺がアヤノに? 当初の約束通り、材料は実費のはずだが」

アレクシスは、心外だとでも言いたげに私に同意を求めてくる。
しかし、私の脳裏には、鍋を焦がし、食材を無駄にし、BL講義に熱中する彼の姿ばかりが浮かんだ。
寄生されている、とまでは思っていないが、世間の料理修行とはかけ離れているのは確かだ。

「え、ええと……」

私が言葉に詰まっていると、榊原は唐突に冷たい視線を私に向けた。

「アヤノ様。貴女様の漫画は、この現代日本において、大変な人気を博していると伺っております。そして、その登場人物でいらっしゃる『アレス王子』は、アレクシス様がモデルになられているそうですね」

まさか、そこまで調べられているとは。
突き刺さる視線が物理的に痛く感じるのは初めての経験である。
つい、うっかり榊原の言葉を全肯定してしまった。

「はい……その、おかげさまで……」

「ならば、話は早いかと存じます。アレクシス様がこの世界でどうしても『伝説の料理人』を目指されるのであれば、そこに付加価値を加えてはいかがでしょうか。例えば、貴女様の漫画とコラボレーションし、アレクシス様を『リアルアレス王子』として完璧にプロデュースし、料理に関するコンテンツを発信なさるのはいかがでございましょうか」