王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中



「これですかね」

疲れた声が出てしまった。
革製のアンティークっぽいトランクの中から取り出した紺色の手帳に、男はぶんぶんと勢いよく頭を縦に振る。
玄関で待たせている鍵屋さんは、ちょっとだけ苛々している様子だ。

結局あれからすぐ鍵屋さんが到着し、身分証明書を一緒に探してほしいという男に頼まれ、私は隣人の部屋にお邪魔した。

同じマンションではあるが、分譲賃貸ということもあり各部屋のリノベーションはそれぞれの雰囲気が大きく異なっていた。
私の部屋は白を基調とした広めのワンルームの設計だが、隣人の部屋は壁面も濃茶の板張りで、間接照明くらいしか明かりがなく、薄暗い。

キッチンとリビングとベッドルームと分けられた1LDKの作りをしているようだ。
リビング中央に天蓋付きのベッドが置かれてある。
ベッドルームの方には未開封の木箱と開封済みの木箱がいくつも積み上げられてあり、ちぐはぐな印象を受ける。

問題の身分証明書であるパスポートは、ベッドルームに備えられているクローゼット内のトランクの中にあった。

「ああ、それだ。身分を問われたらこれを見せろと、コウ……いや、知人に強く言われていてな」

男は手にした紺色の手帳をまじまじと見つめている。
それが何なのか、本人はさっぱり分かっていない様子だ。

トランクの中には他にも、高価そうな財布に揃いのペンケース。
ついでに帯付きの札束。
ご丁寧に金塊まである。

なるほど、過保護な知人にフルセット持たされて来日した、どこかの箱入り御曹司かよ。
内心で毒づいていると、背後から遠慮がちに声を掛けられた。

「一万七千円と言っている」

私に視線を流す男を、ねめつけてしまう。
札束から二枚乱雑に引き抜いて渡すと、ほっとしたような顔をされた。
いい加減眠くなってきたし疲れた。

「それでは、戻りますね。おやすみなさい」

鍵屋さんが閉じたばかりのドアに手を掛ける。

「ま、待ってくれ! 合鍵も念のため作成しておいた。保管しておいてくれないか」

「――は、あ――?」

予想外に剣呑な声が出て、口元を手で覆う。

「頼めるものがこの世界――いや! この異国に誰も居ない。また鍵を失くしてしまったらと想像すると……頼む!」

ぐいぐいと真新しい鍵を押し付けられ、「や、やだよ!」と押し返し、「頼む!」と押し付けられ、「なんで私が!」と押し返し、「見知らぬ私にも親身になってくれたではないか」と押し付けられ、「巻き込まれただけ!」と押し負け、そして追い出された。