そして、暦は少し進み、あっという間にイベント当日である。
会場は、作品のファンの途方もない熱気に包まれていた。
私は緊張で全身がガチガチになりながら、ステージの袖で自身の出番を待っていた。
隣に立った担当編集者の鈴村君が、どこか誇らしげな面持ちで言う。
「先生、準備万端です! 例の『アレス王子』もうすぐステージに上がりますよ!」
「え? あ、はい……」
私の心臓は不規則にバクバクと音を立てる。そして、スポットライトが煌々と照らされたステージに現れた人物を見て、私は絶叫寸前になった。
先程までの出来事が、刹那にして走馬灯の如く、暴走してゆく。
そう、そこに立っていたのは、まごうことなきアレクシスだった。
しかも、彼が身につけているのは、私が描いた漫画のアレス王子が纏う、あの煌びやかな衣装だったのだ。
どうりで先日、編集部から「アレス王子(仮)に設定した身長、体重、股下、スリーサイズ、その他詳細数値を教えて欲しい」と連絡があったわけだ。
あの時は単なるキャラクター設定の深化だとしか思わなかったのだが、まさかこんな形で現実とリンクするとは。
「本日は、この『アレス』のために、かくも多くの人々が集まってくれたこと、心より感謝する」
アレクシスは、ステージの中央で胸を張り、朗々たる声で挨拶をした。
その完璧な容姿と、まるで漫画のキャラクターから抜け出てきたかのような、圧倒的な存在感を放つ佇まいに、会場は割れんばかりの歓声に包まれる。
「リアルアレス様!」
「本物すぎる!」
「生きててよかったー!」
ファンの熱狂ぶりに、アレクシスは戸惑うことなく、むしろ上機嫌な様子で言葉を続けた。
彼の異世界における教養が、この場の「歓迎」を最大限に享受することを可能にしているようだった。
「俺がこの世界で学んだ『愛』の真髄を、皆に伝えることができれば嬉しく思う…… さあ、この『伝説の料理』について、語り合おうじゃないか」
甘く響く低音ボイスとともに流し目が客席に放たれ、最前列のファンが数名崩れ落ちるのが見えた。
そう言って、彼はステージの脇に用意されていた料理器具に迷いなく手を伸ばし始めた。



