王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中

「アヤノ先生おめでとうございます! 『異世界王子(仮)のアレス様はご執心!』の大ヒットを記念して、ファン感謝イベントへのご参加が決定いたしました!」

 鈴村君からの嬉々とした連絡に、私は思わず手にしていたペンを落としそうになった。

 ――ファン感謝イベント。

 それはすなわち、これまで外界との接触を極力排し、ひっそりと引きこもり生活を謳歌してきた私にとって、読者の前にその身を晒すことを意味する。
 恐ろしく、同時に全身が粟立つほどの事態であった。

「え、イベントですか? 私、そういうのは些か不得手でして……」

「何を言ってるんですか! 読者の方は先生にお会いできるのを心待ちにしていますよ! それに、今回は特別ゲストも……」

 鈴村君は私の返事を待つことなく、一方的に話を推し進める。
 特別ゲスト? 一体、誰が招聘されるというのか。
 
 その時、背後から純粋な好奇心に満ちた声がした。

「何やら楽しそうな話をしているな。私も協力できることならば、遠慮なく言ってほしい。()()()()

 振り返ると、見慣れたYes/Noロゴが刺繍されたエプロンを身につけたアレクシスが、フライパンを片手に仁王立ちしていた。

 今宵は『伝説のチャーハァーン』の調理に奮闘中。
 私は慌てて、存在そのものが突っ込みどころしかない、その威圧感たっぷりの男から距離を取った。
 視覚的暴力が凄すぎる。

「アレクシスさん、これは私だけの仕事の話ですから!」

 しかし、彼の瞳は、子供のようにキラキラと輝いている。
 異世界の文化や習慣を学ぶことに異常なほど貪欲な彼は、『イベント』とやらに並々ならぬ興味を抱いたに違いない。
 私の脳裏には、最悪のシナリオが瞬時に展開され、嫌な予感しか残らなかった。

 だがしかし、結局、私の抵抗も虚しく、漫画の作者本人のイベントへの参加は、まるで既定路線であるかのように決定してしまった。

 数日後、編集部から届いたイベントの企画書と進行台本を手に取り、私は文字通り愕然とした。
 そこには、私の漫画の登場人物「アレス王子」のイラストと共に、大きくこう記されていたのだ。

【特別ゲスト:アレス王子、まさかのご降臨!?】

「いやいやいや! まさか本物を呼ぶ気ですか!?」

 思わず叫んでしまった私に、鈴村君は電話口で朗らかに笑った。

「先生、冗談はさておき、アレス王子をイメージしたゲストをお呼びしましたからご安心ください。きっとファンの皆様も喜んでくださいますよ!」

 『イメージしたゲスト』という言葉に、私は一抹どころではない、甚大な不安を覚えた。
 彼の脳裏に浮かんだ『アレス王子をイメージしたゲスト』とは一体、どのような人物を指すのだろうか。
 まさか、アレクシスのような容貌の人間が、この日本にもう一人存在するのだろうか。
 それとも、クオリティの高いコスプレイヤーに協力を呼び掛けたのだろうか。
 様々な疑問が脳裏をよぎったが、いずれにせよ、私の抱く不安は払拭されなかった。