王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中



それ以降の事である。
アレクシスがスーパーマーケットに出向くたびに、彼に気安く声をかける人間が顕著に増加した。
最初に連れ立って行ったときには、道端の石ころのごとく、誰も気が付かなかったのに!

なんで?
やっぱり魔法的な何か使ってたとか!?

老若男女を問わず、彼の彫刻のような美形ぶりと、この世界の常識に疎い世間知らずな言動は、否応なく人々の注目を集めている。

「アレクシスさん、お野菜はあっちだよ!」

「お兄さん、このお菓子、美味しいよ!」

都心のスーパーマーケット店内だというのに、駅前商店街のような気軽さで声が掛かる。

解せない。

アレクシスは、彼らに囲まれるたびに、まるで新しい知識を吸収するかのように目を輝かせ、彼らの言葉に真剣な面持ちで耳を傾ける。
そして、私は、彼の傍らで「違います、違います」と否定し続ける、という困惑の羽目に陥っていた。

新連載「異世界王子(仮)のアレス様はご執心!」は、私の不安を他所に、SNSで話題沸騰となり、ありがたいことに、Webコミックサイトのランキングでも不動の1位を独走しはじめた。

特に主人公のアレス王子は、その完璧な容姿と世間知らずな言動、そして料理への真摯で斜め上の情熱が読者の心を掴み、熱狂的なファンを続々と生み出しているようだった。

「アヤノ先生! 今月もとんでもない反響です! グッズ化の話もまた来ていますよ! 特にアレス王子のアクスタは問い合わせが殺到していて……」

担当編集者である鈴村くんからの興奮した連絡に、私は内心で深い溜息をついた。
グッズ化。
それはすなわち、アレクシスに酷似したキャラクターが、アクリルスタンドやストラップなどの形で現実世界に流通することを意味する。

「あの……その、アレス王子って、あくまでフィクションですからね?」

焦燥感を滲ませながら釘を刺しても、電話口の鈴村君は「フィクション? いやいや、こんなに魅力的なキャラクター、先生の頭の中からだけ出てきたなんて、信じられませんよ!」と、悪気なく笑い飛ばすばかりだった。

一方、アレクシス本人は、自分が漫画のモデルになっていることにも、世間が自身の容姿に騒然としていることに関しても、大した関心を示さず、今日も私の部屋に上がり込み「食糧庫兼厨房」の中央で、真剣なまなざしで『伝説のオムライス』なるものに挑戦していた。

「この『薄紅色の絹』と『黄金の絨毯』を、どうやって『愛の包み』にすればいいんだろうな……」

アレクシスが卵液を張ったフライパンを傾け、米飯の上にそっと被せようとする。

その一挙手一投足は、まさしく漫画のアレス王子そのものだ。
彼の行動の細部の一つ一つが、次のネームへと繋がるインスピレーションの源泉となる。
私は私で相も変わらず、その姿を記録することを辞められない。

しかし、状況は確実に、変化の兆しを見せていた。

ある日のスーパーでの出来事だ。
アレクシスが熱心に日本の調味料コーナーを物色していると、通りがかりの女子高生たちが、ヒソヒソと話し始めた。

「あのお兄さん、アレス王子にそっくりじゃない?」

「え、マジで? 横顔とか完璧じゃん! リアルアレスじゃん!」

最初は単なる気のせいかと思っていたそんな会話だったのだが、日を追うごとに増える『リアルアレス』の呼び声に、私の胃はキリキリと痛みを訴え始めた。
時には、勇気を振り絞ったファンが、恐る恐るスマートフォンを向け、彼の姿を撮影しようとすることまであった。
その度に、私は素早く壁に隠れ、彼らの行動を制止する羽目になる。

「あれは、どういう意味だ? 『リアルアレス』とは、俺のことか?」

「あ、いや、それは……その、あなたの髪の色が、漫画のキャラクターに似てるって意味ですよ。たぶん!」

咄嗟にごまかすも、アレクシスの探究心は、そんな曖昧な説明では到底収まらない。

「……やはりこの『アレス』という人物は、俺を模して描かれたものなのだな?」

私の答えを待つことなく、彼は一人で得意げに頷き続ける。

「『絵師アヤノ』は、この『アレス』に、どんな『伝説の料理』を作らせるつもりなんだ? やはり『攻めの肉じゃが』か? それとも……『受けのプリン』だろうか」

彼の突飛な質問に、私は思わず頭を抱えた。
二択なら『受けのプリン』でしょーがーって、違う!

漫画のヒットは素直に嬉しい。
しかし、そのヒットが、アレクシスの存在を現実世界に露呈させ、彼をさらに「リアルアレス王子」として確固たるものにしていくことに、私は途方もない不安を覚え始めていた。

このままでは、いつか異世界転移してきたイケメン王子サマ(仮)としての正体が、公になってしまうのではないか。
そんな不安は、早々に現実のものとなる予感を孕んでいた。