しかし、アレクシスという最高の生きて動く資料を得たことで、私の創作意欲は一気に爆発した。
彼の表情、動き、反応すべてがインスピレーションの源になる。
次回作には、彼をモデルにしたキャラクターを登場させると決意を新たにしている。
そして、私がそんな目論見を実現させようとしてる傍らでは、アレクシスが『愛』という概念をBL漫画から学び、彼が伝説を目指している創作料理を予測不能な形へと進化させていた。
「ところでアヤノ。『攻めのビーフ』と『受けのトメ―トゥ』を組み合わせてみた。試してくれ」
差し出された皿は、一見シチューのようだった。
牛肉とトマトの組み合わせはごくありふれている……のはずなのに、そのネーミングだけが異常に主張しているだけではなく、湯気とともに謎の、もあんもあんとした情熱が立ち上っている幻覚が見える。
牛肉は妙に色艶が良く、トマトはとろけるように牛肉に寄り添っている。
そうか、これは添い寝か。
事後か。
「いや、普通にトマトと牛肉の煮込み……っていえばいいんじゃないかと思います、けど」
スプーンですくって口に運ぶ。
連日の修行の成果もあり味は悪くない。
むしろ普通だ。が、『攻め』と『受け』という単語が味覚の隅に引っかかり、なんとも言えない気分にさせられる。
「どうだ? 攻めと受けによる『魂の共鳴』を感じるか?」
彼は真顔で尋ねてきた。
私はつい「感じるのは背徳感です」と言葉を滑らせ、背徳感に関してより詳細な説明を促されることとなった。
アレクシスの創作料理は日々加速し『運命の赤い糸パスタ』なるミートソース(攻め)×紅生姜(受け)の暴挙や、『背徳のデザート』と称したワサビ(攻め)入り生クリーム(受け)など、予想を超えたメニューが次々と食卓に登場した。
不思議なことに、どれも微妙なラインで食べられる味で、時には妙にハマる味さえあった。
これが、彼曰くの攻め受けによる味覚の融合……なのだろうか。
やばい、洗脳されてきてない!?私。
「アヤノ。君のおかげで『愛』に関して再認識出来たような気がする。料理でも、それを表現できるようになってきたな」
彼は誇らしげに胸を張る。
私は彼の愛の理解と、私の理解が恐ろしく乖離していることを確信したが、無垢な笑顔を前に否定する気にはなれなかった。
そして私の創作も、順調に新作の形をとり始めていた。
アレクシスをモデルにしたキャラクター、その名も「アレス」。
主人公は異世界から来た王子で、世間知らずだが純粋、そしてなぜか料理に情熱を燃やす青年だ。
ビジュアルはもちろん、アレクシスそのもの。
彫りの深い顔立ち、蜂蜜色の髪、そして憂いを帯びた蒼い瞳。
私の担当編集者である鈴村君は、プロットを見た時には「異世界転移モノで王子なのに料理漫画ですか……?」と微妙な反応だったが、キャラのラフを編集部内に回覧したところ、「これ、イケますね!」と女性陣の後押しを経て企画はあっという間に通った。
◇◇◇
「アヤノ。この『アレス』なる人物、どこか俺に似ているな」
ネームを覗き込むアレクシスの声に、私は思わず硬直する。
「え、ええ……ちょっとだけ参考に……」
「俺が君の創作に役立てるとは、光栄だ。ちなみにこのアレスは、どのような愛を紡ぐんだ?」
彼の問いに、私は再び顔を赤らめた。
まさか自分をモデルにしたキャラが、男同士で愛を育み、且つ、受け役を担当しているとは、さすがに想像していないだろう。
原稿の一部をSNSに先行公開すると、読者の反応は凄まじかった。
「この新キャラ、刺さる!」
「顔面偏差値高すぎてつらい」
「……なんか既視感あるけど、気のせい?」
特に「見たことある気がする」という声には背筋が冷えた。
まさかとは思うが、彼の顔がネットに流出していたりは……ないよね?
とはいえ、二次元王子であるところのアレス人気は一気に爆発し、作品の知名度も急上昇。
鈴村君からも「先生! ヒットの予感です~!」と連絡が入り、私は創作にますます没頭していった。
アレクシス本人は、自分の姿がモデルになったキャラが、話題になっているなど露知らず、今日も黙々とポーズを取り、たまに脱ぎ、創作料理に挑戦し続けている。
私は願う。
このまま、彼の素性がバレずに連載が終わることを。
……ただ、天然な彼と、SNSの拡散力を甘く見てはいけなかった……。



