王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中

アレクシスの料理修行は、案の定、毎日がカオスだった。

鍋を焦がすのは日常茶飯事、計量スプーンとカップの使い方が分からず悪戦苦闘し、食材を無駄にすることも数知れず。
その度に温厚を自負していた筈の私は怒鳴り散らし、彼はしょんぼりする。
だがしかし、「食料庫と厨房」としての役目は確かに果たされており、美しい筋肉をスケッチできるというメリットを考えれば、この等価交換はそれなりに成立していた。

そんなある日の昼下がり、私はリビングのソファでタブレットを操作し、新しいプロットを練っていた。
隣に座ったアレクシスは、私の肩越しに画面を覗き込んでいる。

「アヤノ、これが、君が描くという『BL漫画』なのか?」

彼の視線が、私が開いていたBL漫画の資料、それも成人男性同士が絡み合う描写のページに固定された。

私の胃がひゅんと竦む。
まさかこんなタイミングで見られるとは。
あまりにも彼がその辺に居るという非日常が日常化してしまっていた。
迂闊にもほどがある。

「あ、ええ、まあ、そうですね。これが私の……仕事です」

私は動揺を隠し、ぎこちなく答える。
アレクシスは眉一つ動かさず、真剣な顔で画面を見つめている。

「……実に奥深い。男同士が、こうして心を交わすというのか」

彼は指で画面をなぞり(なぞらないで!)そこに描かれたキャラクターたちの表情を追っている。
その真剣な眼差しは、まるで学術書でも読んでいるかのようだ。

「あのですね、アレクシスさん。これは、その、現実とはちょっと違うというか……おとぎ話というか……」

慌ててフォローしようとするが、彼の言葉は止まらない。

「この愛の行為は……ただ子孫を残すための儀式じゃない。むしろ、それを凌駕するほどの情熱と絆を感じる」

彼は目を輝かせ、私に向き直った。

「ぜひ、この『BL』という世界を……もっと深く、俺に教えてくれないか?」

その顔は、まるで未知の学問を前にした探究者のようだ。

「食料庫と厨房」という役割に加え、今度は「BL」を、指南せよというのだろうか。

「いや、あのですね、アレクシスさん。BLっていうのは、そんなに難しく……」

私が言い淀むと、彼は身を乗り出してきた。

「未知の知識というのは、学びがいがあるだろう? この愛の真髄を理解すれば、きっと俺の『伝説の料理(・・・・・)』にも、新たな深みが加わると思う」

何をどう転んだらそういう思考に至るのだろうか。
その謎の向上心は一体どこから。
BLと料理の因果関係が私には見出せない。
私は呆れを通り越して、もはや感心すらしてしまった。

彼の頭の中では、あらゆる知識がデンセツへの道のりに繋がっているらしい。
というか、何故、伝説にこだわるのだ。
あ、もしかしてこの人の本職が勇者とか!?

こういった経緯で、BL漫画に関する、ある種の即席講義めいたものが始まった。
私が描いた漫画を真剣な顔で読み込み、キャラクターの心情や関係性について質問攻めにするのはやめて欲しい。
あと、私に台詞を読み上げさせるのもやめて欲しい。

「彼は、なぜこんな時にこういう表情を浮かべるんだ? これが『攻め』の表情? ならば『受け』は……」

彼の質問は、あまりにも的を射すぎていて、私はその度に「いや、アレクシスさん、それはちょっと生々しいから!」と顔を赤くして反論する羽目になった。