彼の言葉は、まるでどこかの物語のプロローグのようだ。
私の部屋が……今さらっと『異世界』という言葉を口にしたあからさまに王子然とした彼の「食料庫」であり「厨房」になる?
それはつまり、私が彼の料理修行の場を提供し、かつ食料も提供しろと言っているに等しい。
しかも、あの果物まみれの買い物カゴを見る限り、彼は料理の基本中の基本すら分かっていないだろう。
私は、自分の安穏な引きこもり生活が、音を立てて崩れていく予感に、身震いした。
漫画家として、創作のネタには事欠かない状況ではあるが、まさかここまでリアルな「異世界転移」と「居候王子」という設定が、自分の身に降りかかるとは。
「いや、ちょっと待ってください、アレクシスさん。あの、私は漫画家で、あなたの食料庫でも厨房でもありませんし、そもそも伝説の料理人って……」
私が必死で言葉を紡ぐと、アレクシスは小首を傾げた。その仕草は、どんなイケメンキャラクターにも勝る破壊力だ。
「しかし、アヤノは料理を振る舞ってくれたではないか。そして、その味は、我が国では経験したことのない至高の美味だった。アヤノは、俺にとってこの世界の食を教えてくれる導き手なのだと、思う」
彼は熱く語る。
その真っ直ぐな視線に、私はぐっと言葉に詰まってしまう。
まるで、私が彼の運命を左右するキーパーソンであるかのような物言いに、どう返せばいいのか分からなかった。
「それに、アヤノは絵師だろう? 絵師とは、つまり、創造する者だ。俺が料理を創造するのを、君はきっと理解できるはず」
いや、絵を描くことと料理は違う。
それに、私はBLを創造するのだ。
食の創造とは全くジャンルが違う。
心の中でツッコミを入れつつも、彼の瞳の輝きと、どこか頼りきったような表情を見ていると、強く拒絶できない自分がいた。
「あの鍵も、俺が料理を学ぶために、アヤノの部屋に自由に出入りするための通行証となる。そうだろう?」
彼はそう言いながら、キーラックの合鍵を指差した。
アレクシスの思考がまったく読解出来ない。
担保的なことを言いたいのだろうか?
あれは、非常時のための一時的な預かりだったはずだ。
私は深いため息を吐き、頭を抱えた。
このままでは、私の部屋は本当に「アレクシス専用の食料庫兼厨房」になってしまう。
そして、私は伝説の料理人を目指す自称異世界王子に、料理の基礎から教えることになる……?
「えっと、えっと、……とりあえず、材料費は実費でお願いしますね」
私が諦め半分でそう言うと、アレクシスは破顔した。
その笑顔は、とびきり眩しくて、私の戸惑いを吹き飛ばすような力があった。
「無論だ。 伝説の料理人となるためには、それくらい惜しまぬ 」
こうして、私の引きこもりBL漫画家生活は、伝説の料理人(仮)を目指す異世界イケメン(自称)との、奇妙で波乱に満ちた共同生活へと、強制的に舵を切ることになった。



