森谷柚葉のひとり牡蠣

 第六話 牡蠣小屋での再会

 川瀬が不思議そうな顔で質問をしてきた。

「あの……、一人なんですか? 取材かなにかですか?」

「いいえ。普通に一人です。牡蠣を食べるためだけに来てます」

 川瀬は少し黙ってから、向かいの空いていた席に腰を下ろす。断られる想定はしていなかったらしい。柚葉もそういうものか、と特に驚かなかった。

「日本酒の仕事してるのに、日本酒飲まへんのですか」

「飲みますよ。家では」

「家だけ?」

「外で酔ったら危ないでしょう。ひとりですし」

 柚葉はタンブラーのスプリッツァーに口をつけた。
 なんか、質問多くて緊張するな……喉がカラカラしてくる。

「なるほど。それ、白ワインを炭酸水で割ったやつですね?」

「はい。日本酒はですね、酔っても安心な場所で飲むことにしてます」

「……うちの酒も?」

「もちろん」

「何飲んでるんです?」

「白露山なら、ゴールドもシルバーも吟醸も。スパークリングもあります」

 川瀬が目を丸くした。

「全種類やないですか」

「制覇したいので、家にストックしてます」

「……なんやそれ、酒好きすぎやろ……」

 初めて、川瀬がクスッと笑った。そして、数秒の間を置いて、ぽつりと話し始める。

「前に、海外のお客さんに利き酒セット出したことがあって、三種類並べて飲むやつ。反応、薄かったんですよ。隣に置いてた、輸入物のワインの方ばっかり褒められて。うちの酒には、何も……」

「そんなことがあったんですね……」

「あっ、ちょっと待っててください」と川瀬は立ち上がり、自席からプラカップを持ってきて「ちょっと飲んでええですか?」とスプリッツァーを飲みたいというアクションをする。

 柚葉が「ええ、どうぞ」と白ワインと炭酸水をカップに注ぐと、川瀬はひとくち口に含んで、「なるほど、牡蠣に合うな〜 これ」と零すと、そのままごくごくと飲み干したので、柚葉は「それじゃ、もう少し入れておきます」と、また注ぐ。「あっ、どうも」と言ってから表情を切り替えて、普通に話を再開した。

「それから、海外って言葉が、あんまり好きやなくなって」

 柚葉はすぐには何も言わず、代わりに目の前にあった殻を開いて、貝柱を剥がしておいた蒸し牡蠣を一つ、テーブルの端にあった、未使用の取り皿に殻ごと乗せた。

「ポン酢かけます?」

「あっ、レモンで」

 そう言われたので、カットレモンも一切れ取り皿に添えて、割り箸と一緒に川瀬の前に置く。

「蒸したてが一番美味しいのでどうぞ」

「そうやね。いただきます」

 川瀬はレモンを絞って牡蠣を口に運んだ。柚葉はその間、スプリッツァーを片手に、遠くの海を眺めていた。慰めも、励ましの言葉も上手く出てこなくて……今出来ることはこれしかないから。

 海外で日本酒が好きな人は確かに少ないのかもしれない。ただ、飲んだ事がない人が多いだけで、試すと気に入る人も多いのだ。川瀬にその経験をさせてあげたい。コンクールに出ると海外の日本酒愛好家にも会えると思うから、自信が復活すると思うんだけどな……。

 川瀬は、牡蠣を噛んでから、スプリッツァーで流し込み、柚葉の顔を見つめる。

「やっぱり牡蠣にはレモンが合いますね」

「はい」と柚葉が返すと、お互いクスリと笑い合う。

「それ貸してください」と手つかずの牡蠣を指さすから、柚葉はトレーごと渡す。すると、あっという間に全ての牡蠣が開封され、貝柱も綺麗に剥がされた。

「あー、ありがとうございます」

「女性には大変やと思って……こっちは、子供の頃からやってるから慣れてるんで。さあ、食べてください」

「じゃあ、お言葉に甘えて。川瀬さんも良かったら」

「そうやね」と川瀬も数個食べていたけれど、柚葉は牡蠣を美味しくいただくことに集中しすぎて、コンクールの話は出来ずじまいになってしまった。でも、川瀬とのわだかまりは溶けたのかもしれない。また今度、話を聞いてもらおう……と心の中で決意した。

「ほんまに、牡蠣が好きなんですね。イメージ変わりましたわ」

「そうですか? 毎年来てるので嘘じゃないですよ?」

「はい、信じます」

 また、二人で視線を合わせて微笑み合う。
 その時、向こうの席から「蓮生くん、そろそろ時間やで」という年配の男性の声が聞こえて、川瀬は「ごちそうさまでした。呼ばれたんで行きます」と言って、自席に戻って行った。

 川瀬のテーブルは十名位いるような大きなグループみたいだ。牡蠣に集中しすぎて、周りを見る余裕なくて、全然気づかなかった。みなさんで、牡蠣の殻をバケツに入れたり、飲料の缶やボトルを片付けている。セルフサービスなので、牡蠣小屋ではこれが普通だ。

 その中に、白髪の交じった年配の男性が目についた。雰囲気がどことなく川瀬に似ていて……たぶん、去年、オファーをお断りされた、四代目かもしれない……。

 テーブルが綺麗になって、みなさんが出口に向かう中、川瀬だけがこちらに歩いて来た。

「ご馳走になったんで、これ、よかったら」

 そう言いながら、小さなボトルを柚葉の前に置いた。

「ありがとうございます。新商品ですか?」

「まだ試作段階ですけど」

「わあ、楽しみです」

 川瀬は少し視線を外して「また、感想教えてください」とぼそっと呟いた。
 また? って次の約束してないのに……。
 取り敢えず「はい」と返事だけはしておく。川瀬の真意は読めないが、また柚葉と会う気があるようだ。