森谷柚葉のひとり牡蠣


 おかげ横丁から、ホテルの宿泊客と共に送迎車に乗り込む。一時間ほど乗車すると、窓の外の景色が、瓦屋根の集落から松林、それから唐突に白い壁と海に変わる。

 その瞬間、柚葉は「わぁ……すごい……」と思わず声を漏らした。到着したのは午後七時。もうすっかり夜になっていたけれど、ライトアップのおかげで、暗がりでも海が確認できた。

 志摩アンダルシア・ヴィレッジ、通称アンダルシア村は、パンフレットで見た通りだったけど、肉眼で見ると、写真では伝わらないところに気づく。夜なのに、ライトアップされた白壁から跳ね返る光でとても明るく感じた。こじんまりしたところが、以前訪れた、アンダルシア地方のミハスによく似ている。

 チェックインを済ませ、ヴィラの鍵を受け取る。アンダルシア村は、柚葉の会社にとって大口の取引先だった。ここのレストランで自社の日本酒やワインがどう使われているか、写真に収めるのが今回の役目だ。これが、海外のシャトーに営業をかける時の資料になる。

 柚葉はデジタル一眼レフカメラを構え、部屋の中を撮影していく。そして、バルコニーに出て夜景も切り取る。ライトアップが可愛らしく、温かみがある。確かに地中海旅行の気分を味わえるかも。

 少しだけ外も撮っておこうと、辺りを散策する。ショップは殆どクローズしているけれど、バーやレストランはディナー営業をしているので、看板や外観の写真だけでも残しておく。

 ここは、基本夜は宿泊者しかいないから、空いているし散歩するにはいい感じで、ロマンチックな時間が過ごせそう。

 夕食は地中海レストラン、朝食は地中海と郷土料理ビュッフェの予定になっている。どちらも仕事だけど、撮影後は自分の食事としていただける――食いしん坊の柚葉には役得だ。

 夜散歩を堪能していたら、ディナー予約の時間になったので、レストランに入店する。
 作り物の街並みの中で、伊勢志摩の海老や魚介がレストランのメニューに並んでいるのを見ると、嘘くささが消える。

 スタッフに案内されて、テーブルの席につく。夕食時には、翌日の支配人との打ち合わせに向けた確認もする。

 運ばれてくる地中海料理のコースを一皿ずつ写真に残す。撮影モードをマクロや広角に切り替えながら、何パターンか撮っておく。料理は地中海風の青い皿に、地元の鮮魚が美しく盛りつけられている。

 前菜の真鯛のカルパッチョを一口食べてから、持ち込みの許可を得ていた自社の純米吟醸を少し口に含んだ――これは、めちゃくちゃ合う。
 柑橘のソースの酸味と、淡泊な白身の風味に、酒の爽やかな香りが綺麗に重なる。

 柚葉は手帳を開き、サラサラと味の感想を記入していく。
 《カルパッチョ×純米吟醸。海外客向けペアリング可》

 メインの肉料理のステーキにも別の銘柄の日本酒を合わせてみる。追加で取引先のボルドーの赤をカラフェで注文した。すでにこのレストランで採用されているものだ。このワインは、ボルドーの土から拘っているシャトーから買い付けている。少し高価だけれど、特別な日にはピッタリだと柚葉は思う。

 松阪牛はかなり脂が乗っているから、癖のある日本酒で合わせるのもありか――手応えをメモしていく。フルボディの赤ワインは間違いない。
 観光客が楽しげに歓談する店内で、一人黙々と料理と酒の相性を確かめる時間は、決して嫌いではないというか、もはや生きがいである。

 柚葉は二十歳を過ぎたらすぐに色んな酒を試し始めた。父が酒豪だったからか、柚葉もその血を引いている。日本の酒から海外の酒まで随分詳しくなった。だから、この仕事は自分に合っていると思う。

 沢山のメモを残してから手帳を閉じると、本格的に食事を開始した。
 一時間後には、料理を平らげて、持参した日本酒と注文したワインを空にし、柚葉は部屋へ戻った。


 休憩がてら、バルコニーに出て夜風にあたる。冬だから寒いけれど、少しアルコールを抜きたくて。
 寝る前になると、ヴィラに備え付けの露天ジャグジーに浸かった。もちろん撮影済みである。

 温泉ではなく、ご自由にどうぞと柚子が置かれていたから、お湯に浮かべてみた。香りは爽やかで癒される。柚子はもちろん好きだ。地中海風のホテルなのに柚子湯、というちぐはぐさが、柚葉には妙に心地よかった。

 ジャグジーが疲れた身体を解していく……。星空を眺めながら入浴するのは、最高に贅沢な経験だった。

 湯から上ると、髪を乾かしながらスキンケアも済ませて、ベッドに潜り込み、スマートフォンを開いて明日の予定をチェックする。

 牡蠣小屋の予約は、昼一時半。出張のスケジュールが決まった時に速攻で抑えた。土日は人気で遅めの時間はすぐ埋まってしまうから、早めに予約するのが鉄則だ。以前、予約が遅れたときは、十時からしか予約が取れなかったこともある。もはや朝食だった。

 アラームを六時にセットして、リラックスタイムを堪能していると、いつの間にか就寝していた。