擬態陽キャの俺、陽キャスパダリ先輩に囲われる

 研修は、採用されてから一週間続いた。修先輩が接客の仕方から、お茶の入れ方、締め作業の手順まで、すべて教えてくれた。先輩は、俺が同じ建築学科の後輩だから、親身になってくれている気がする。バイト経験が少ない俺に対してすごく優しい。
 一つしか歳が変わらないのに、しっかりしていて、ビジュもこの店のトップだ。高身長の美形で、本当にモデルみたいにシュッとしているし、バイト内では、顔天才と呼ばれている。それに、無駄に色気がある眼差しは、フェロモンが溢れ出ていて、見つめられると男性なのにドキドキしてしまう。
 でも、基本厨房担当だから、フロアには立つことは少なくて、表に立ってしまったら女性客がもっと殺到するだろうと予想する。

 研修三日目の休憩時間のことだ。必死にメモを取りながら、スマートフォンにまとめた『陽キャ 接客 コツ』のスクショを確認する。誰もいない休憩室の隅で、鏡アプリに向かって、声に出して接客フレーズを練習しておく。なんか急に不安になってしまって……。
「いらっしゃいませーっ! 本日のおすすめは……えーっと、マジで、うっす……」
 何度も言い直して、口角の角度を確かめて、また言い直す。急に自信がなくなって、メモ帳アプリの『陽キャ 接客 フレーズ集』もブツブツ暗唱し始める。

「……それ、覚えてどうするん?」
「ひゃっ!?」
 振り返ると、休憩室の入り口に修先輩が立っている。また、俺を見張っていたのかもしれない。腕を組んで、半笑いで見られているのが恥ずかしくなって、一気に頬が熱くなる。

「しゅ、修先輩っ! いつからそこに……」
「『マジで、うっす』からや」
「もぅっ!」
 恥ずかしさで死にそうだ。先輩は特に茶化すでもなく、俺のスマートフォンの画面を覗き込み、「なるほど」と頷く。
「面接の時は、えらい明るくて人懐っこい子が来たなぁって思ってたんやけど……。京ちゃんって、本当はそんな子とちゃうんやろ?」
「え……」
「無理して喋り方まで練習するとか、必死すぎひん……? なんでそこまでするん? ここのスタッフは、陽キャじゃなくてええんやで?」
 面白がっているのではなくて、俺のことを心配してくれてるみたいだ。真剣な表情からそれが伝わったけど、「すいません……」としか答えられず、俯くしかない。

 その日以来、教育係だからというのもあるけれど、先輩の視線を仕事中だけでなく休憩中にも感じるようになった。陽キャじゃないのは、もうバレている。それでも、こんな田舎者丸出しの俺がここにいるためには、この武装が必要なんだ。

 閉店後に、奥の席で先輩と面談することになった。休憩室での一件からずっと気にされているし、何を言われるのか分からず、どうにも気持ちが落ち着かない。

「京ちゃん、接客の時の笑顔、ちょっと引きつっとったで」
「す、すみません……」
「いや、謝らんといて。違うねん、無理して大袈裟に笑わんでも、京ちゃんは、そのままでええのにな~ て思ってん。お客さんも京ちゃんのピュアで一生懸命な所が気に入ってくれてるんやし。昨日からも言うてるけど、もっと普通でええねんで?」

 先輩はそう言うと、俺の担当テーブルの接客アンケートを見せてくれた。そこには、陽キャさではなく、一生懸命なところを評価する言葉が並んでいる。
 その時、先輩が俺の頭をよしよしと宥めるように撫でてくれた。その手に癒されて、心がポカポカと温められてしまう。長野では、こんな風に気軽に触れ合う文化がないから、どう反応していいか分からずただ固まるしかない。
 こんなに優しくて、面倒見が良くて、かっこいい先輩が現実にいるなんて――想像していなかった。

 だけど、研修終了からしばらく経った頃、その認識が崩れる事件が起こる。

 閉店作業の終盤になり、ゴミ袋を抱えて裏口から出た瞬間、足が止まる。
「なんなん、あんた! いいかげんにしーや」
 バチン――と乾いた音が店の裏口に響き渡り、派手なファッションの金髪の女の子が、修先輩を睨みつけていた。

「……痛いやん」
「散々思わせぶりなことしといて、気になる子がおるから付き合われへんとか、何なん⁉」
「いや、付き合いたいなんて、一回も言うてへんやろ?」
「そういうとこや! この下半身ゆる男が!!」
 先輩は叩かれた頬をさすりながら、悪びれもせずに首を傾げる。
「ふぅ……気ぃすんだ? もう一回叩かせたろか?」
「もう、ええわ!」
 女の子は吐き捨てるように言うと、金髪をなびかせて去っていく。

 俺はゴミ袋を抱えたまま物陰で固まる。今の何? あんな軽い態度で、女の子を平気で泣かせるなんて……もしかして……修先輩ってまさかクズ男?
「あれ? 見とったん?」
「いいえ……」
 慌てて目を逸らす。
 何この人。ヘラヘラしてて、全然反省してないし! ヤバい人かも……。でも、顔が良いから、こういうことも許されてしまうんだろうか。研修中はあんなに優しくて、尊敬してたのに……。それとも、あれも全部、演技だったんだろうか。

「京ちゃん、違うで?」
「……何がですか」
「いや、今の顔。絶対なんか誤解してるやろ?」
「見てないですし、それに……交友関係は先輩の自由ですから……」
 ゴミ袋を集積所に置くと、逃げるように店の中へ戻る。背中には、先輩の視線を感じるけれど、振り返らずに持ち場へ向かう。