出張女子ひとりメシ~食いしん坊新人営業の全国グルメ旅~

「福岡出張、お願いします」

課長から予定表を受け取った時。

私は思わず笑顔になった。

福岡。

九州を代表する街。

美味しいものが多い場所。

そして何より――。

「屋台……」

そう呟いた。

「小野寺さん」

先輩が呆れた顔をする。

「今回も食べ物?」

「違います!」

慌てて答える。

「仕事が一番です!」

「じゃあ、その後に何食べる予定?」

「……」

言葉に詰まる。

最近、隠すのが下手になっていた。

福岡へ向かう新幹線。

私は資料を確認していた。

今回の仕事は、九州エリアの担当者との打ち合わせ。

責任の重い案件だった。

以前の私なら。

「失敗したらどうしよう」

と憂鬱になっていたかもしれない。

でも。

今は少し違う。

北海道の海鮮丼。

仙台の牛タン。

新潟のお米。

名古屋の朝ごはん。

京都のおばんざい。

大阪と広島のお好み焼き。

香川のうどん。

そこで出会った人たち。

全部が私の背中を押してくれていた。

「大丈夫」

私は小さく呟いた。

福岡に到着。

駅を出ると、活気のある街並みが広がっていた。

人の声。

店から漂う香り。

歩いているだけで元気になるような街だった。

「食の街って感じがする……」

思わず笑う。

今回の商談相手は、経験豊富なベテラン社員さんだった。

「東京から一人で来たんですか?」

「はい」

「最近の若い営業さんは頼もしいですね」

「いえ、まだまだです」

そう答えながらも。

昔の自分とは違うことに気づいていた。

以前なら「まだまだです」と言った後、すぐに不安になっていた。

でも今は、もっと成長したい、と思える。

商談では、予想外の質問もあった。

一瞬、言葉に詰まる。

焦っちゃダメだ。

一度整理してから答える。

「なるほど」

相手が頷いた。

「ちゃんと勉強されているようだ」

その言葉が嬉しかった。

仕事を終えた夜。

私はホテルの部屋でスマホを見ていた。

検索画面。

『福岡 女性 一人 屋台』

ずっと気になっていた。

でも、少しだけ怖かった。

屋台。

知らない人同士が近い距離で食事をする場所。

楽しそうだけど。

一人で行って大丈夫なのだろうか。

「……」

北海道。

あの時も迷った。

仙台。

一人焼肉も迷った。

大阪。

お好み焼き店の前でも迷った。

でも。

全部、扉を開けたから思い出になった。

「行こう」

私は上着を羽織った。

夜の福岡。

街には明かりが灯っていた。

小さな屋台が並んでいる。

焼き鳥の香り。

ラーメンの湯気。

楽しそうな笑い声。

歩いているだけでワクワクする。

ただ、いざ目の前にすると少し緊張した。

「一人ですけど……大丈夫ですか?」

思わず店員さんに聞いてしまう。

すると。

「もちろん!」

明るい声が返ってきた。

「一人のお客さん、結構多いよ」

その言葉で安心した。

カウンター席。

目の前には小さな鉄板。

隣には旅行客らしい男性。

反対側には地元の会社員。

知らない人たちが、同じ場所で料理を待っている。

不思議な空間だった。

「まずは……」

メニューを見る。

明太子。

焼き鳥。

もつ鍋。

そして。

「博多ラーメンお願いします」

しばらくして。

白い湯気の立つラーメンが届いた。

細い麺。

豚骨の香り。

「いただきます」

一口。

濃厚なのに、意外と軽い。

するすると食べられる。

「美味しい……」

「観光ですか?」

隣の男性が声をかけてきた。

「出張です」

「一人で屋台、勇気ありますね」

「実は少し迷いました」

「でも来たんですね」

「はい」

男性は笑った。

「来てよかったでしょ?」

私は周囲を見る。

屋台の店員さん。

楽しそうなお客さん。

知らない人同士の会話。

「はい」

自然と答えていた。

「来てよかったです」

店主さんが会話に入る。

「屋台って面白いんよ」

「はい」

「普段なら会わん人と隣になるやろ?」

周りを見る。

確かにそうだった。

東京なら。

すれ違うだけの人たち。

でも、今は同じテーブルで料理を楽しんでいる。

「食べ物って、人をつなぐね」

私は呟いた。

店主さんは笑った。

「それが屋台の味たい」

ホテルに戻る。

いつものようにメモ帳を開く。

『全国ひとりメシ記録』

福岡。

――屋台。

――知らない人と食べる楽しさ。

そして、仕事の欄。

――一人で動くことが、怖くなくなった。

翌朝。福岡空港へ向かう途中。

私はふと思った。

最初の北海道出張の日。

空港で緊張していた自分。

一人で店に入れるか悩んでいた自分。

今では知らない街の屋台に、一人で座っている。

人は少しずつ変わっていく。

小さな挑戦の積み重ね。

会社へ戻ると、課長が声をかけた。

「小野寺さん」

「はい」

「次でひとまずは最後の出張になる予定だ」

「最後……」

少し寂しい気持ちになる。

「次の出張先は沖縄だ」

その瞬間。

私は顔を上げた。

沖縄。

青い海。

ゆったりした時間。

そして、旅の締めくくり。

「……楽しみです」

そう答えた。

私はまだ知らなかった。

最後の出張で、これまでの旅の意味を、もう一度考えることになるとは。