出張女子ひとりメシ~食いしん坊新人営業の全国グルメ旅~

「香川出張、お願いします」

課長から予定表を受け取った瞬間。

私は思わず目を輝かせた。

香川県。

そして。

「讃岐うどん……」

小さく呟く。

「小野寺さん」

先輩が笑う。

「もう今回は何を食べるか決めてる顔だね」

「いやいや、仕事が最優先です!」

そう答えながらも。

頭の中には、すでに湯気の立つうどんが浮かんでいた。

香川へ向かう新幹線。

私はいつものように資料を確認する。

今回の訪問先は、香川県内の取引先。

新商品の提案と、今後の販売についての打ち合わせ。

最近、仕事にも少し慣れてきたけれど。

出張前のワクワクは、最初の頃と変わらない。

むしろ増えている。

知らない街へ行く。

知らない味に出会う。

知らない人と話す。

その一つ一つが、自分を成長させてくれている気がする。

香川県に到着。

駅を降りると、街のあちこちにうどんの文字が見える。

「本当にうどんの街なんだ……」

思わず笑ってしまう。

今回の宿泊先は、高松市内のホテル。

チェックインを済ませ、私は翌日の予定を確認した。

ある情報を見つける。

「朝七時から営業……」

讃岐うどん店には、朝から開いている店が多い。

「朝うどん……」

想像する。

朝起きて。

まだ少し眠い街を歩いて。

温かいうどんを食べる。

絶対に体験したい。

翌日、気合を入れて打ち合わせにのぞんだ。

商談相手は、地元で長く営業している会社だった。

「東京から一人で来られたんですね」

担当者の方が言う。

「はい」

「最近の若い人は、出張も大変でしょう」

私は少し考えた。

以前なら。

「はい、大変です」

と答えていたと思う。

でも今は違う。

「大変です。でも、楽しいことも増えました」

「楽しいこと?」

「その土地の料理を食べたり、街を歩いたり」

担当者さんは笑った。

「それはいいですね」

「仕事だけだと、その街のことを何も知らずに帰ってしまうので」

口にしてから気づく。

自分でも驚くほど自然に言えていた。

商談は無事に終了。

その日の夜、私はホテル近くのうどん店へ向かった。

もちろん夜もうどん。

香川では、それが普通らしい。

店内はシンプルだった。

カウンター。

大きな鍋。

店員さんの元気な声。

「一人です」

「どうぞー」

気軽に迎えてくれる。

メニューを見る。

かけうどん。

ぶっかけうどん。

釜玉うどん。

どれも美味しそう。

迷った末。

「釜玉うどんお願いします」

運ばれてきたうどん。

卵が絡んだ白い麺。

だしの香り。

シンプルな見た目。

一口食べた瞬間。

「……」

言葉が出なかった。

もちもちした麺。

優しいだし。

卵のまろやかさ。

「美味しい……」

毎日食べたくなる味。

そんな気がした。

「お姉さん、出張?」

隣の席のお兄さんが声をかけてきた。

「はい」

「東京から?」

「そうです」

「じゃあ、朝うどん食べたほうがいいよ」

やっぱり。

地元の人もおすすめするとは。

「そんなに違うんですか?」

「違うよ」

お兄さんは笑う。

「朝のうどんは、また別だから」

翌朝、私は目覚ましより早く起きた。

理由はもちろん。

朝うどん。

まだ眠そうな街。

開店したばかりのお店。

地元の人たちが静かに並んでいる。

観光客というより、生活の一部。

そんな雰囲気だった。

「かけうどん、小で」

注文する。

安くて。

早くて。

温かい。

席に座り、うどんをすする。

「……美味しい」

昨日の夜とは違う。

朝の体に染み込む味。

忙しい毎日。

時間に追われる生活。

朝食を抜くことも多かった。

しかし、たった一杯のうどんで、朝を大切にする気持ちを思い出した。

店を出る時、店員さんが声をかけてくれた。

「いってらっしゃい」

その一言に驚く。

まるで、毎日通う人に向ける言葉みたいだった。

香川では、食事はただの食事ではない。

人と人をつなぐ時間なのかもしれない。

新幹線の中。

私は『全国ひとりメシ記録』を開いた。

香川。

――讃岐うどん。

――忙しいからこそ、朝を大切にする。

そして、仕事の欄。

――焦らず、一つ一つ向き合う。

そう書いた。

会社へ戻ると、先輩が聞いた。

「香川どうだった?」

「最高でした」

「仕事?」

「もちろんです」

少し間を置く。

「でも、朝うどんも最高でした」

先輩は笑う。

「もう完全に出張の楽しみ方を覚えたね」

次の街にも。

次の味にも。

きっと、新しい出会いが待っている。