出張女子ひとりメシ~食いしん坊新人営業の全国グルメ旅~

「京都出張、お願いします」

その言葉を聞いた瞬間。

私は思わず背筋を伸ばした。

京都。

日本を代表する観光地。

歴史ある街。

そして――。

「おばんざい……」

小さく呟く。

「小野寺さん」

課長が笑う。

「今、また食べ物のこと考えたでしょ」

「えっ」

「最近、分かりやすくなったね」

営業部のみんなが笑う。

恥ずかしい。

だが、否定はできなかった。

京都には、ずっと食べてみたいものがあった。

豪華な料理ではなく。

昔から家庭で作られてきた、素朴な料理。

おばんざい。

その土地の暮らしが詰まった料理。

どんな味なのか、楽しみだった。

京都へ向かう新幹線。

窓の外の景色を眺めながら、私は資料を確認する。

今回の仕事は、新規取引先との打ち合わせ。

これまでより少し大きな案件だった。

「失敗できないな……」

思わず呟く。

最近、出張には慣れてきた。

でも。

仕事の責任は、少しずつ大きくなっている。

ただ美味しいものを食べて帰るだけではない。

ちゃんと結果を出したい。

そう思っていた。

京都駅に到着。

駅を出た瞬間。

空気が違う気がした。

高いビルよりも、歴史を感じる建物が目に入る。

道を歩く人たち。

小さな店。

古い町並み。

「すごい……」

思わず足を止める。

でも、すぐに気持ちを切り替える。

今日は仕事。

観光ではない。

「まずは頑張ろう」

私は取引先へ向かった。

打ち合わせは、想像以上に緊張した。

担当者の方は、細かい質問をたくさんする人だった。

「この商品の強みは?」

「他社との違いは?」

「長期的な提案はできますか?」

一つ一つ答える。

以前なら、頭が真っ白になっていたかもしれない。

でも、今の私は違う。

北海道で一歩踏み出した。

仙台で一人焼肉に挑戦した。

新潟で温かいご飯に励まされた。

名古屋では、朝から知らない人と会話した。

全部が、少しずつ私を変えてくれていた。

「ありがとうございます。検討します」

打ち合わせ終了後、担当者の方はそう言った。

大きな成果ではないものの、確かな手応えがあった。

ホテルへ向かう前、私はスマホを開いた。

検索する。

『京都 ひとり おばんざい』

すると、路地裏にある小さなお店が見つかった。

口コミには、

「一人でも入りやすい」

「家庭の味を楽しめる」

と書いてある。

「ここだ」

直感だった。

夕暮れの京都。

細い路地を歩く。

灯りのついた小さなお店。

暖簾をくぐる。

「こんばんは」

店員さんが迎えてくれた。

「一人です」

「どうぞ」

案内されたのは、カウンター席。

そこには、色とりどりの小鉢が並んでいた。

ひじきの煮物。

きんぴらごぼう。

茄子の煮浸し。

だし巻き卵。

旬の野菜料理。

見ているだけで安心する料理だった。

「おばんざい盛り合わせ、お願いします」

しばらくして、料理が運ばれてくる。

一口食べる。

「……優しい」

思わず声が漏れた。

味が濃いわけではない。

でも、しっかり美味しい。

どこか懐かしい。

子どもの頃、家で食べた料理を思い出す。

「美味しいものって、特別なものだけじゃないんだ」

そう思った。

「出張?」

店主の女性が声をかけてきた。

「はい。東京から来ました」

「大変ね」

「でも、最近は楽しみもあって」

「食べ歩き?」

もう慣れた。

私は笑う。

「はい」

女性も笑った。

「京都の料理はね、誰かに食べてもらって初めて完成するの」

「完成?」

「作った人だけじゃなくて、食べる人の思い出になるから」

その言葉を聞いて、私は料理を見る。

この小さなお皿にも。

誰かの時間や想いが詰まっている。

そう感じた。

ホテルに戻り、いつものページを開く。

『全国ひとりメシ記録』

京都。

――おばんざい。

――心に残る味。

そして、今日の仕事についても書く。

――少しだけ、自信がついた。

翌朝、京都駅へ向かう途中。

私は小さな和菓子店を見つけた。

「……」

足が止まる。

でも、時間を見る。

新幹線まであと少し。

「今回は我慢……」

そう思った。

……けれど。

数秒後。

私は店の扉を開けていた。

「すみません。お土産を一つ」

自分でも笑ってしまう。

やっぱり私は、食べることが好きらしい。

全国ひとりメシの旅は、まだ続く。

仕事も。

食べる楽しみも。

どちらも、私にとって大切なものになっていた。