出張女子ひとりメシ~食いしん坊新人営業の全国グルメ旅~

「小野寺さん、最近出張が楽しそうだね」

営業部の先輩が、私のデスクを見ながら笑った。

「え?」

「だって、前は出張って聞くだけで緊張してたじゃん」

そう言われて、私は少し考える。

確かに、少し前までの私はそうだった。

知らない場所へ行くこと。

知らない人と話すこと。

一人で食事をすること。

全部、不安だった。

でも今は違う。

新しい街へ行くと考えると、胸が少しだけ高鳴る。

「今回は新潟だって?」

「はい!」

「何か狙ってる?」

「え?」

「顔に出てるよ」

先輩が笑う。

私は慌てて資料を隠した。

でも、もう遅い。

スマホの検索履歴には――。

『新潟 美味しいご飯』

『新潟 駅近 定食』

『新潟 コシヒカリ 朝食』

が並んでいた。

新潟出張の日。

新幹線の窓から見える景色が、東京とはどんどん変わっていく。

高いビル。

車の多い道路。

それらが少なくなり、代わりに広い田んぼが見えてきた。

「お米の街……」

思わず呟く。

新潟と言えば、やっぱりお米。

もちろん仕事で来ている。

でも、せっかくなら、この土地のお米を味わいたい。

今回の仕事は、新潟の取引先への商品提案。

前回、仙台で少し自信がついた私は、以前より落ち着いて話せるようになっていた。

「こちらの資料をご覧ください」

説明する声も震えない。

質問にも答えられる。

商談終了後。

担当者の方が言った。

「小野寺さん、良いプレゼンでしたよ」

「ありがとうございます」

嬉しかった。

その後に続いた言葉で、さらに嬉しくなった。

「新潟に来たなら、美味しいお米を食べて帰ってください」

「やっぱり、そうですよね!」

思わず食いついてしまった。

「あ……」

仕事中なのに。

食への反応だけは早い。

担当者さんは笑った。

「食べることが好きなんですね」

「はい!」

即答だった。

ホテルへ向かう途中、私は少し迷った。

いつもなら夜ご飯を探しに行く。

でも今日は商談資料の整理が残っている。

疲れもあった。

「コンビニで済ませようかな……」

そう思った時。

駅前の小さな看板が目に入った。

『釜炊きご飯』

その文字。

そして、店先から漂う温かい香り。

足が止まる。

「……」

数秒悩む。

仕事は大事。

大事だけれども。

北海道の海鮮丼。

仙台の牛タン。

どちらも、疲れた自分を元気にしてくれた。

「少しだけなら」

私は店の扉を開けた。

店内は落ち着いた雰囲気だった。

カウンター席に座る。

メニューを見る。

定食。

焼き魚。

煮物。

そして。

『新潟産コシヒカリ 土鍋炊きご飯』

迷う理由はなかった。

「これ、お願いします」

しばらくして。

目の前に置かれた土鍋。

蓋を開けた瞬間。

白い湯気がふわっと広がった。

「……」

思わず見入る。

一粒一粒がつやつやしている。

まるで宝石みたいだった。

茶碗によそう。

そして一口。

「……甘い」

自然と声が出た。

米って、こんな味だったんだ。

いつも食べているはずなのに。

全然違う。

噛むほどに甘みが広がる。

おかずがなくても食べられる。

「美味しい……」

気づけば、顔が笑っていた。

「ご飯、好きなんだね」

店主のおじさんが声をかけてきた。

「はい。こんなに美味しいお米、初めて食べました」

「新潟の人間にとっては当たり前なんだけどね」

おじさんは笑う。

「でも、当たり前って大事なんだよ」

「当たり前?」

「毎日食べるものだからこそ、ちゃんと美味しいものを作りたいって思うんだ」

その言葉が、なぜか心に残った。

ホテルに戻る。

いつものようにスマホを開く。

『全国ひとりメシ記録』

北海道。

――海鮮丼。
――初めての一人出張。

宮城。

――牛タン。
――一人焼肉への挑戦。

そして。

新潟。

――炊きたてのお米。
――忘れていた、普通の幸せ。

翌朝、チェックアウト前。

私はホテルの朝食会場へ向かった。

普段なら、朝食は適当に済ませるタイプだった。

時間がない。

眠い。

少しでも長く寝たい。

そんな理由で。

でも今日は違った。

「新潟のお米、食べなきゃ」

朝食のお茶碗に、ご飯をよそう。

一口食べる。

やっぱり美味しい。

昨日の夜とはまた違う。

朝の静かな時間。

温かいご飯。

味噌汁。

小さなおかず。

「朝ごはんって……いいな」

そう思った。

満足した腹を抱えて宿を後にする。

仕事で訪れる街。

でも、そこには仕事だけでは出会えないものがある。

食べ物。

人。

その土地で流れる時間。

私は少し笑った。

「次の出張も楽しみだな」

もう私は、出張を怖がる新人ではなかった。

美味しいものを探しながら成長する――

食いしん坊新人営業になっていた。