出張女子ひとりメシ~食いしん坊新人営業の全国グルメ旅~

「小野寺さん、次の出張お願いできる?」

営業部の課長から声をかけられた時。

私は思わず顔を上げた。

「はい!」

即答だった。

前回の北海道出張。

行く前は不安でいっぱいだった。

知らない土地。

初めての一人行動。

一人で店に入る勇気。

全部、怖かった。

でも。

海鮮丼を食べたあの夜。

「一人でも楽しめるんだ」

そう思えた。

仕事を終えた後、自分だけの時間を過ごす。

それは想像以上に楽しかった。

「今回は宮城県。仙台のお客様のところへ行ってもらう」

課長が資料を渡してくれる。

宮城。

仙台。

そして――。

「牛タン……」

またしても、頭の中に料理が浮かんだ。

「小野寺さん、今、仕事じゃなくて食べ物のこと考えたでしょ」

先輩が笑う。

「えっ!? そ、そんなことないです!」

図星だった。

出張当日。

仙台駅に降り立つ。

駅を出た瞬間、目に飛び込んできたのは大きな牛タン店の看板。

「歓迎されてる……」

思わず呟く。

もちろん、仙台が私を歓迎しているわけではない。

ただの看板だ。

でも、初めて訪れる街で知っているものを見ると、少し安心する。

今回の仕事は、新商品の提案だった。

北海道出張よりは少し慣れた。

資料確認。

訪問。

説明。

質問への対応。

まだ緊張するけれど、前より落ち着いて話せる。

「小野寺さん、前回より堂々としてるね」

取引先の担当者から言われた。

「本当ですか?」

「うん。新人さんって感じが減った」

その言葉が嬉しかった。

たった一度の出張。

たった一度の成功体験。

でも、それが自分の背中を押してくれている気がした。

仕事を終えた私は、ホテルへ向かう前に駅前で立ち止まった。

時刻は午後七時。

スマホを見る。

検索画面には、昼休みに調べておいたお店。

「仙台牛タン専門店」

そこには一つの問題があった。

「……」

店の写真を見る。

美味しそうな牛タン。

でも。

「焼肉系のお店……」

入り口の写真には、数人のグループ客。

女性一人のお客さんは少なそうだった。

北海道ではカウンター席のある海鮮店だった。

でも今回は違う。

焼肉店。

一人で入るには、少し勇気が必要だった。

「……帰ろうかな」

一瞬、そう思う。

ホテルでコンビニご飯。

それでもいい。

でも。

北海道の夜を思い出した。

あの時も、最初は迷った。

でも扉を開けたから、あの味に出会えた。

「よし」

私は店の扉に手をかけた。

「一名です」

「カウンター席なら空いてますよ」

店員さんが笑顔で案内してくれた。

席に座る。

目の前には小さな焼き台。

メニューを見る。

牛タン定食。

厚切り牛タン。

牛タンつくね。

テールスープ。

どれも美味しそう。

「牛タン定食、お願いします」

注文した。

しばらくすると。

ジュウジュウという音が聞こえた。

目の前に運ばれてきた皿。

厚切りの牛タン。

麦ご飯。

テールスープ。

漬物。

シンプルなのに、存在感がすごい。

「いただきます」

一口。

噛んだ瞬間。

思った。

「……今まで食べていた牛タンって何だったんだろう」

ほどよい歯ごたえ。

広がる旨味。

塩味がご飯によく合う。

気づけば、箸が止まらなかった。

「お一人ですか?」

隣の席の女性が声をかけてきた。

「あ、はい。出張で」

「私もです」

見ると、同じくらいの年齢の女性だった。

「出張って大変ですよね」

「はい。でも……最近、楽しみもできて」

「食べ歩き?」

「わかりますか?」

女性は笑った。

「顔に出てます」

思わず笑ってしまう。

「どちらから?」

「東京です」

「じゃあ、仙台は初めて?」

「いえ。でも、こんな風にゆっくり地元のものを味わったのは初めてです」

女性は少し考えてから言った。

「じゃあ、次はずんだも食べてください」

「ずんだ?」

「甘いものです。仙台の人は普通に食べますよ」

新しい情報だった。

私はすぐにスマホを開く。

メモ帳へ追加。

――仙台。

――牛タン。

――次回、ずんだ。

ホテルに戻った後。

私はいつものように『全国ひとりメシ記録』を開いた。

北海道の下には、新しいページ。

『宮城』

そこへ書く。

――牛タン。

――一人焼肉、成功。

――知らない人と話せた夜。

書き終えて、少し考える。

最初は「一人で食べる」ことが目的だった。

でも違った。

一人だからこそ。

自分の好きな店を選べる。

自分の好きな料理を頼める。

そして、時々、知らない誰かとつながることもできる。

「……私、仕事より食べ物で出張先を覚えてる気がする」

そう言って笑う。

仕事で訪れた街が。

美味しい思い出の場所になる。

それが、私の出張の楽しみになっていた。